カブ 爆発型。 攻略日記【あつまれ どうぶつの森】カブ(株):価値段・パターン・最高額の比較と記録

ホンダ(HONDA) CUB F [カブF型] 1952年(昭和27年)登場

カブ 爆発型

東南アジア地域に一括りにされがちなマレーシア、タイ、ベトナム、フィリピン、インドネシアだが、スーパーカブの在り様は、やはりそれぞれお国柄があり、はっきりと色彩が異なるカブ・シーンが展開されている。 カブはマレーシアの庶民に古くから親しまれ、現在も愛用されているモビリティーだが、ベトナムやインドネシアのような「カブ天国」にはならなかった。 それは石油や天然ガスなど地下資源にめぐまれたマレーシアが、順調に経済発展をとげてきたからである。 日本同様に経済が発展すれば人びとは、バイクからクルマへとパーソナル・モビリティーを変えていくものだ。 マレーシアのカブの特徴は、レッグシールドとシートの間に荷物を入れるキャリアーを取り付けることだ。 これはベトナム・キャリア同様の生活の知恵である。 大切な荷物を身近に置いて、盗難や脱落を防ぎ、スコール時に雨から守るのにも役立つ。 1970年 C70 文秀有限公司(Boon Siew Sdn. Bhd. )によって初代C100の時代からスーパーカブの輸入を行っていたマレーシアでは、1969年に技術提携契約を締結、現地での二輪完成車組み立てが開始された。 降雨量の多いお国柄、雨から荷物を守る目的でレッグシールドの内側にキャリア(バスケット)を装備している点が特徴。 車体やウインカー、テールランプなどの灯火類は世界標準仕様だが、後ろヒンジのダブルシート(アシストグリップ付き)を装備。 写真は1970年製のC70でスピードメーターはマイル表記となっている。 1989年 EX-5 1980年代に入ると、アセアン地域では丸型ヘッドライトや優しい曲面を多用した、いわゆる初代C100から脈々と受け継がれるデザインとは異なる、現地の趣向に合わせたデザインや機構をもつ独自のスーパーカブが誕生する。 マレーシアでは1980年代後半、フロントにテレスコピックサスペンションや97. 2ccエンジンを採用し、EX-5のネーミングで販売された。 マレーシア特有のレッグシールド内キャリアを装備。 タイ生産モデルのDREAM 100(C100)などと共通のデザインながら、ボディには合弁会社・文秀(BOON SIEW)の文字も入る。 また、DREAM 100などの「HA05E」エンジンに対し、 EX-5は「C100E」エンジンと型式が異なり、左側ミッションカバーも独自の形状に。 ミッションはトップがオーバードライブレシオの4速。 「現代カブ文化の基礎を築いた微笑みの国・タイ」 タイは1964年に、現在のアジアン・ホンダが設立され、東南アジア地域のホンダの拠点となった国である。 80年代後半のタイは、2ストローク小型バイクの全盛時代だった。 首都バンコクでは、大渋滞する道路でスリ抜けを楽しむかのようにバイクが走りまわり、若者たちは毎晩ストリートでバイク・レースをエンジョイしていた その時代、ホンダはタイに4ストロークのC70とC90の東南アジア専用のスーパーカブを市場投入した。 ファミリー層は使い勝手の良さと低燃費と高い信頼耐久性を理解してスーパーカブを愛用するようになった。 1986年にはスーパーカブのタイモデルと言える4ストロークのDREAMを発売。 一方、1987年には、スポーティーなデザインで2ストロークモデルのNOVAを発売し、両モデルともにヒットにつなげていく。 1995年、タイの二輪市場の活性化に向けて新たに開発した4ストロークのWaveは、女性にも扱いやすく時代にマッチしたモダンなデザインを採用したことで、ヒット商品へと成長していくことになった。 一方、2ストロークモデルを中心とするファミリースポーツという独特のカテゴリーが普及・拡大するにつれて、タイの環境汚染が深刻な状況となっていった。 ホンダは、1997年に環境対応として、タイで販売する二輪車を全て4ストロークに切り替えていくと宣言。 これを受けて、NOVAの後継モデルとして、4ストローク125ccのSONICを開発し投入した。 モダンでスタイリッシュなスクーター的デザインのWaveと、日本のスーパーカブの流れを受け継ぐベーシックで軽快なデザインのDREAMというカブ・シリーズがタイで構成され、この代表するモデル機種が東南アジア全域のみならず世界各国へと展開して、各地域のニーズや好みに合わせて進化していくことになる。 タイは現代のカブ・シリーズを生んだ国になった。 2003年 Wave125i 2000年代に入るとWaveなどのスポーティモデルは液晶オドメーターやシャッターキーなどを装備、ユーザーのニーズに応えより進化を果たす。 さらに2003年のバンコクモーターショーで発表されたWave125iは、世界で展開されるカブ・シリーズに先駆け、PGM-FI(電子制御燃料噴射装置)を搭載。 多種多様な地形や環境下でも、場所を選ばず快適な始動及び力強くスムーズな乗り心地と低燃費を実現した。 エンジン型式はNF125MSE型。 タイで生産され、同国で2004年7月に施行される第5次エミッション規制値をハイレベルでクリアした。 このモデルを機に、カブ・シリーズのPGM-FI仕様化は世界で加速した。 1990年 SMILE 1990年代、アセアンではカブ・シリーズとは別に、同じアンダーボーンフレームながら2ストローク・エンジンを搭載し、よりスポーティなルックスをまとったモデルを各国でラインナップ、様々な需要に応えた。 1990年代後半、タイで販売されたSMILEは105ccの2ストローク・エンジン(NT110E型)を搭載しているためカブ・シリーズの生産台数にはカウントされないが、17インチタイヤを履くアンダーボーンフレームのモーターサイクルとして、カブ・シリーズとは異なる路線を模索。 シャープでスポーティなデザイン、軽量で瞬発力がある2ストローク・エンジン、リアのシングルサスペンションなど若者をターゲットしたモデルとなる。 ミッションは停止時のみロータリーとなる4速で、メーターパネルにはシフトインジケーターも備わる。 「一家に一台、生活に密着した宝物。 カブ天国・ベトナム」 ベトナムは1970年代後半から「カブ天国」と呼ばれている国である。 大都市でも小さな町や村でも大量のカブが走りまわる国として知られている。 ベトナムの人びとのカブ好きは、さまざまなカブの時代をつくってきた。 ベトナム戦争末期はカブに乗って戦火から逃れ、戦争には勝ったが経済封鎖された時代は多くの手作り部品が流通していた。 日本製の中古スーパーカブが大人気になったことがあったり、カブを巧妙にコピーした安売りのバイクがブームになったり、多彩なカブの時代があった。 カブを大切にする生活習慣は根強い。 財産性が高いという理由もあるが、一家に1台のカブがあれば生活が向上するという喜びを身を以て経験したことで、カブというモビリティーに敬意をもっているからだ。 生真面目で勤勉なベトナムの人びとは家族同様にカブをあつかい、夜は家の土間に保管する人が多い。 暑い夜はカブで夕涼みをする。 カブを走らせて風を感じ、屋台で語らうなど、この走る夕涼みはベトナムの風物詩だ。 ベトナムの人びとにとってカブは人生に欠かせないモビリティーになっている。 1998年 SUPER DREAM DREAM 100やEX-5のベトナム生産モデルがSUPER DREAM。 アジアン・カブとして熟成の域に達した1998年モデルで、マレーシア向けとは異なりフロントにキャリア&バスケットが備わる。 バイク・タクシーとしても需要があるお国柄により、タンデム・ライディングを重視した造りとなり、パッセンジャーのステップがスイングアーム直付けから独立したステップフォルダが備わり、併せてスイングアームもプレス構造から剛性の高そうな形状に変更される。 リアサスペンションのプリロード調整が工具を使わずレバーで簡単にできるのもアジアン・カブの特徴だ。 スラッシュカットのスピード感あるマフラーテールもアジアン・カブ独自のもの。 2000年 FUTURE 150cc以下のモーターサイクルが大半を占めるアセアンでは、カブ・タイプでスタイリッシュなモデルを求める声が大きくなってきた。 そんな声によって1990年代中盤、タイで誕生したのがWaveで、その後もアセアン各国に広まる。 ベトナムではFUTUREの名で販売された。 デュアルヘッドライトを採用、エアロダイナミクスを追求した外装は当時のホンダのスクーターを彷彿とさせる先鋭的なデザインながら、中身はこれまで親しまれてきた経済的でタフな4ストローク・エンジン(JA02E型108. 9cc)や、簡便な操作の自動遠心クラッチを採用。 こういったスタイリッシュなカブ・タイプもアセアン独自に進化していくモデルとなる。 「独自のカブ文化が育まれた島国・フィリピン」 島国のフィリピンは、1973年にホンダ・フィリピンの前身となる合弁会社が設立されて、正式にホンダのオペレーションが始まった国である。 その時代は庶民の足としてスタンダードなスーパーカブが受け入れられたが、時代とともにフィリピン独自のスーパーカブ的発展が顕著になっていく。 2002年にXRMデュアルスポーツとネーミングされたモトクロッサー風のカブを発売した。 アップハンドル、ブロックタイヤ、フロントディスクブレーキ、ハイマウントのフロントフェンダーなど、見た目はまさにステップスルーのシルエットをしたモトクロッサーのようだった。 都市部以外は未舗装路が多く、雨でぬかるんだ山岳地帯に適したモデルが求められていた。 2008年にはセパレートハンドルのXRM RS125ロードスポーツを発売した。 いまやXRMシリーズは、Waveと並んで人気のメイン機種にまで育っている。 フィリピンのカブはスポーツ色がとりわけ強い。 オフロードバイクは、戦後に駐留したアメリカ兵が、レジャーとして持ち込んだという説がある。 基地周辺などでオフロードコースを作って楽しむ姿を見たフィリピン人が、カブをペースにオフロード仕様に改造して遊び始めたというのが、XRMのルーツと思われる。 2002年 XRM110 レッドの車体色にメーターバイザー、タンクシュラウドを彷彿とさせるカバー、大きなフロントフェンダー、ナックルガードなどなど、ホンダのデュアルパーパスモデル・XRシリーズのイメージを踏襲したモデルがフィリピンで販売されたXRM110だ。 他のカブ・シリーズ同様にアンダーボーンのフレーム&水平エンジンをベースとしながら、ハンドル部までインナーチューブが伸びたモーターサイクル型のフロントフォーク、ブロックタイヤ(サイズは前後2. 50-17)、ディスクブレーキが備わるなど造りは本格的。 一方でシート下にユーティリティボックスを設けるなど、実用性の高さも追及。 108. 9ccエンジン(CFT110ME型)を搭載、下部にはスキッドプレートも装着される。 自動遠心クラッチの4速ミッション(停止時のみロータリー)で、シーソー型のシフトペダルは前側が蹴上げタイプに。 キック仕様とセル仕様が用意された。 「21世紀になってから世界一カブを生産販売した国・インドネシア」 インドネシアは21世紀になってから、世界でいちばん多くのカブを生産販売した国である。 年間500万台を越えた年があるほどで、2001年の生産43年間累計が3000万台ほどであったカブが、2017年に1億台に達したのは、インドネシアで膨大な数のカブが売れたからだ。 その直接的な理由は、テレビと冷蔵庫についでローンでオートバイが買えるようになったことだが、なによりも大きな理由はインドネシアが2億3000万人の人口をかかえる国だからである。 新車で購入したカブを、オーナーは非常に大切にする。 高額の資産だからである。 晴れてカブのオーナーになった多くの人たちは、透明のシートでカブ1台まるごとラッピングする。 車体にキズができると資産の価値が落ちてしまうからだ。 また同様の理由から、定期的な点検整備をきちんと受け、少しでも不具合があればただちに修理し、新車同様のコンディションを維持している。 インドネシアにおけるカブの愛称は「ベベック」である。 これはアヒルのことだが、インドネシアの人びとはアヒルを力強い生き物と考えているから、カブもまたそう見えるモビリティーなのだろう。 ガガというインドネシア語で表現される、男らしくマッチョな伝統的価値感が影響し、1990年代のSUPRAは、タイなどに比べてワンサイズ太いタイヤが装着されていた。 カブ・レースが登竜門であるオートバイ・レースの人気が盛り上がっているのもガガと無関係ではない。 インドネシアのカブは、女性も多く乗るようになってから、スリムでコンパクトなモデルも登場している。 爆発的なカブ・ブームが十数年続いたインドネシアは、ベトナムに続く第2の「カブ天国」になった。 1981年 Super700 今やインドに次ぐ世界第2位となる二輪車市場をもつインドネシアで、ホンダは1960年代より現地アストラ(ASTRA)グループとのパートナーシップで完成車ビジネスを展開。 1971年からは製品の部品を輸入、組立はすべて現地で行うコンプリートノックダウン生産が月産3,000台で開始された。 1984年には二輪車用エンジン生産合弁会社であるホンダ・アストラ・エンジン・マニュファクチャリングが設立されるなど、経済成長と共にシェアを拡大していった。 そんな同国で販売されたC700(Super700)は、角型ヘッドランプやウインカーを装備する直線基調のデザインを世界に先駆けて採用。 一方、エンジン(C70E型)は信頼性が重視され、フィン付きミッションカバーといった1970年代初頭から見られるコンベンショナルなタイプとの組み合わせに。 ミッションはボトムニュートラルの新シフトパターン(非ロータリー)3速を採用。 燃料計が備わらないスピードメーター、左ウインカースイッチを備える。 リアサスペンションはスイングアームの取り付け位置が伸ばされたショートタイプ。 テールランプはリアフェンダー一体型ではなく、当時のホンダ他車にも見られた汎用タイプが装着されている。 コーションラベルはすべて英語表記に。

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ホンダの歴史

カブ 爆発型

1958年(昭和33年)に初代スーパーカブC100が発売。 スーパーカブは、1958年(昭和33年)に初代スーパーカブC100が登場以来、年月を重ねるごとの着実に進化した。 2018年(平成30年)にはキャストホイールやフロントディスクブレーキを備えた豪華な「スーパーカブC125」が発売されるなど、今もなお多くの人々に支持されている。 「カブ」というネーミングが生まれたのは、「スーパーカブC100」ではなく、1952年(昭和27年)にリリースされた「カブF号」から。 市販の自転車に、重量約6kgのカブF号(補助エンジン)を組み合わせるというシンプルな構造で、庶民の生活にもすぐに浸透。 8mm)。 最高出力は1. 駆動方式はチェーン。 左右のペダルを両足でこぎ、タイヤを回転させて始動させるしくみだ。 カブF号を装着した写真の自転車は、山口自転車製。 レトロ感に満ちたスプリング付きのサドル、左右に広がったハンドル、ワイヤー式ではなくアーム連動式の前後ブレーキを採用した「戦後間もない昭和のテイスト」が随所に伺える。 カブF号のポイントは、湯たんぽor水筒のような白いガソリンタンク。 草刈り機のようなレバー式スロットルも、カブF号ならではの装備だ。 「カブF号」を発売するにあたり、ホンダは全国の自転車店に着目し、全国の約5万5000店の自転車販売店に「カブF号」の販売促進用ダイレクトメールを送付。 前金と引き換えに、段ボール箱に詰めた「カブF号」を発送するという、当時としては革新的な方式で販売された。 写真上は当時の発送方法を再現したものだ。 補助エンジンである「カブF号」の当時の販売価格は、2万5000円。 「カブF号」の売れ行きは上々で、約1万3000店の自転車販売店が、ホンダの新たな販売拠点となった。 カブF号の成功で、ホンダは大型設備投資や新工場を建設。 6年後に発売される、スーパーカブC100の大きな足掛かりにもなった。 軽量なエンジンに加え、ガソリンタンクを段ボール詰めで送付するという、時代を先取りした「通販方式」で効率よく発売されたカブF号。 取り付け説明書も同封されていた。 ホンダの東京本社(ウェルカムプラザ青山)で行われたカブイベント「カフェカブミーティング」では、会場まで自走で参加するナンバー付きのカブF型も参加。

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「妻の買い物を助けたい」

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honda. 2016年の今日まで、基本構造は変えないまま、各部ブラッシュアップされつつ50年以上生産されていることこそが、どれだけ売れたバイクなのかを説明していますよね。 なお、スペックは以下です。 0km エンジン:空冷4ストロークOHC単気筒エンジン 排気量:49cc 最高出力:3. 7馬力 最大トルク:0. 39kg タンク容量:4. 3リットル 変速機:常時噛合式4段リターン 燃料供給装置:PGM-FI 余談ですが、海外のTV番組で、エンジンオイルをサラダ油に変えたり、ビルから落としてみたり、ピザ100枚という過積載をしてみても、カブは普通にエンジンがかかり、動くことを証明していました。 1950年代の設計ながら、これだけの耐久性を持っているということ自体が驚きです。 japan-racing. yahoo. そんな各クラスをご紹介します。 k1planning. なんでもアリだからこそ、各職業には就かないプロフェッショナル。 なお、全クラスに統一して決まっている規定として、外観は大きく崩さないこと。 ビジネスバイクであること。 センタースタンドは外すこと等が決まってます。 また、改造可能範囲としては、プラグおよびプラグコードとキャップの交換、スプロケ、チェーン、タイヤ、リアサスペンションの交換。 キャブレターのジェット類の交換などが可能です。 衝撃のライディングテクニック!職人が魅せるMotoGP顔負けのテクニックは次のページ.

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