アントニー と クレオパトラ。 アントニーとクレオパトラ

クレオパトラ −SummaArs 藝術大全

アントニー と クレオパトラ

「ジュリアス・シーザー」の続きに当たるシェイクスピアの古代ローマ史劇を紹介。 男を惑わす妖しい魅力を持った絶世の美女、強大な権力で欲しいものは何でも手に入れる絶対君主、それでいて最後のファラオとして死んだ悲しい宿命の女性。 まさに劇中のクレオパトラは私たちが持っているイメージにぴったりの女である。 ユリウス・カエサルはじめ諸国の王を虜にし、最後にカエサル暗殺後に第2回三頭政治を執り行ったマルクス・アントニウス(マーク・アントニー)と恋に落ち運命を共にした。 アントニーが歴史上の初代ローマ皇帝オクタヴィアヌスとの戦いに破れるや、後を追って毒ヘビを乳房に当てて命を絶った。 「クレオパトラと蛇」は切っても切り離せない関係。 彼女の死の原因だった「毒ヘビ」のことも忘れてはならない。 あらすじ マーク・アントニーはエジプト女王クレオパトラにぞっこん参っており、ローマを離れて酒と食事と色欲に溺れていた。 かつての勇将だった軍人は快楽の虜となり、ローマでは皇帝一行が冷ややかな目で眺めていた。 オクタヴィアヌスが使者を送ってポンペイの反乱を支援してくれと頼んでも、アントニーは酒に酔って拒否した。 だがローマで妻のファルヴィアが乱を起こして死に、アントニーはだんだんとこれではまずいと考えるようになった。 ローマに帰るためクレオパトラの呪縛を絶つ決心をし、別れを告げて皇帝の元へやってきた。 和平を取り結ぶためオクタヴィアヌスの姉と結婚までした。 だが結局口作先だけの誓約をしてアントニーはまたエジプトに舞い戻ってきた。 第2の故郷というわけだ!命運は長くは続かなかった。 怒った皇帝オクタヴィアヌスは軍をエジプトに進め、海戦が繰り広げられる。 クレオパトラ自ら先頭に立って激しい戦をしていたが、「虻が腕に止まった」だけで女王は逃げ出した。 情婦の後を追うようにアントニーも敗走し、呆気にとられる味方の軍。 エジプトは戦争に敗れた。 皇帝とクレオパトラの戦後処理のやりとりを誤解したアントニーは、女王が自分を捨ててローマに行くだろうと思い込み、クレオパトラを突き離す。 アントニーの死 アントニーの心を振り向かせるため、自分が死んだことにしてくれとクレオパトラが誤報を流す。 本気にしたアントニーは剣で自害しようとするが死に切れない。 そこへクレオパトラが心配してやってきた、遅かった。 アントニーは助からず、クレオパトラの唇を味わいながら死ぬ。 女王もまた生き恥を晒すことを拒んで毒ヘビを胸に当てて死ぬ。 まとめ・感想 戦場の場面が多いため舞台があちこちと変わり臨場感が溢れるドラマ。 ラストのカタストロフまでの流れが歴史に忠実なため冗長な感じがするが、勉強にはなるし面白く読めるのは「ジュリアス・シーザー」と共通している。 古代ローマ劇だが現代にも相通ずるテーマ、女の魅力の奴隷となった男が描かれている。 男は理性を持った動物でなければならない。 そのためには欲望を支配するべきであって支配されてはならない、という教訓が読み取れるかのようである。

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アントニーとクレオパトラ : 作品情報

アントニー と クレオパトラ

クレオパトラ7世(在位前51~前30)。 エジプトのプトレマイオス朝最後の女王。 クレオパトラという女性名は、古代マケドニアのアレクサンドロス大王の王家、ついでシリアのセレウコス王家にみいだされ、さらにプトレマイオス王家にも女王名としてしばしば用いられたが、もっとも有名なのは女王クレオパトラ7世である。 [秀村欣二] 共同統治クレオパトラは、プトレマイオス12世アウレテスPtolemaios Aul t s(在位前80~前51)の次女として生まれた。 マケドニア・ギリシア系の才色兼備の婦人で、高い教養をもち、ギリシア語しか話さなかった王家の人々のなかで、エジプト語はもちろん、近隣諸国の言語を解し、外交使節とも通訳なしに応対したといわれる。 17歳のとき、プトレマイオス家の慣例に従って9歳の弟プトレマイオス13世と結婚し、共同統治者となったが、まもなく2人は反目し、宮廷内も2派に分かれて争い、クレオパトラのほうが劣勢で、一時シリアに退いた。 ところが、紀元前48年ポンペイウスを追ってエジプトにきたユリウス・カエサルに1人で会ってその支持を取り付けた。 その結果生じたアレクサンドリア戦争で、カエサルは初め苦戦したが、ついにプトレマイオス13世を敗走、溺死 できし させた。 カエサルは、クレオパトラと5歳の末弟プトレマイオス14世をエジプトの共同統治者としたが、彼女は事実上カエサルの愛人となり、男児カエサリオンを生んだ。 カエサルのローマ凱旋 がいせん 後、クレオパトラは幼王をも伴ってローマを公式訪問し、カエサルの邸宅に迎えられた。 しかし前44年3月15日カエサルが暗殺されると、急いでエジプトに帰り、プトレマイオス14世を殺し、カエサリオンを共同統治者としてカエサル亡きあとの政治情勢を静観した。 [秀村欣二] ヘレニズム世界の女王その後、前42年オクタウィアヌスとともにカエサル暗殺者たちを撃滅したアントニウスは、翌年小アジアのタルソスでクレオパトラと会見、その美貌 びぼう と才知のとりことなり、アレクサンドリアに同道し、交情を結んだ。 前40年アントニウスはローマに帰り、オクタウィアヌスの姉オクタウィアと政略結婚し、クレオパトラとの関係は解消したかにみえた。 しかし前37年、パルティア遠征のため東方にきたアントニウスは、クレオパトラとの愛情を復活するとともに、彼女から軍事的支援を得た。 2人の間には男女の双生児が生まれた。 前36年のパルティア遠征は惨敗に終わったが、クレオパトラはフェニキアまで救援に駆けつけた。 前34年アントニウスはアルメニアで勝利を収めると、凱旋式を慣例に反してローマでなくアレクサンドリアで挙行した。 クレオパトラはイシス女神の扮装 ふんそう をし、藩属国諸王を従え、東方ヘレニズム世界の女王としてふるまった。 この知らせはやがてローマに達し、前35~前34年にかけてオクタウィアヌスとアントニウスとの間に活発な宣伝と非難の文書合戦が開始され、それは政治問題から女性関係のスキャンダルの暴露にまで及んだ。 [秀村欣二] アクティウムの海戦前33年、アントニウスはエフェソスに東方のローマ軍団と藩属国の軍隊を集結、クレオパトラも軍船と軍資金を提供した。 前32年、アントニウスはついにオクタウィアに離縁状を送り、オクタウィアヌスは内乱の形式を避けるため、クレオパトラに対してのみ宣戦を布告した。 前31年、アクティウムの海戦に双方は天下を賭 と したが、戦いなかばにしてクレオパトラは艦隊を率いて逃走しアントニウスもこれを追ったので、戦いはあっけない結末に終わった。 前30年、アレクサンドリアでアントニウスが自殺し、クレオパトラもローマの凱旋式に引き回されることを拒否して、毒蛇に身をかませて死んだと伝えられる。 [秀村欣二] 評価カエサル、アントニウスと2人のローマの代表的将軍を魅惑したクレオパトラは、ローマ人から「ナイルの魔女」と悪罵 あくば されたが、その最後の潔い死は評価された。 「クレオパトラの鼻」で知られるパスカルの警句、プルタルコスに拠 よ ったシェークスピアの『アントニーとクレオパトラ』やバーナード・ショーの『シーザーとクレオパトラ』とそれらの映画化など、このヘレニズムの最後の女王への関心は今日まで続いている。 クレオパトラがアントニウスを迎えた宴会で,耳飾の真珠を酢に溶かして飲んだという伝説は有名だが,酢で真珠を溶かすのは無理であり,また真珠を溶かすほど強い酸では,とても人間が飲めたものではない。 しかし,真珠を飲むというのは美食の極致として,しばしば人間の願望にあらわれたもので,たとえば16世紀イギリスの金融業者で〈グレシャムの法則〉によって名高いT. グレシャムは,1万5000ポンドの真珠を砕いて混ぜたブドウ酒でエリザベス女王のために乾杯を捧げたという。 … 【鼻】より …だから〈象の鼻は長い〉と〈天狗の鼻は高い〉は日本語の枠組みの中でしか意味をもたないことになる。 プルタルコスの《英雄伝》はクレオパトラを魅力ある会話と交際術にたけた数ヵ国語を操る才媛(さいえん)として描いているが,美貌というほどではないとし,鼻には言及していない。 … 【ローマ】より …カエサルの勝利は小アジアのゼラ 前47 ,アフリカのタプソス 前46 ,スペインのムンダ 前45 と続く。 ファルサロスの戦の後エジプトに逃げたポンペイウスは,その地に上陸前に殺され,彼を追って来たカエサルはプトレマイオス王国の女王クレオパトラ 7世 を保護下に置き,エジプトをもローマの勢力下に置いた。 こうしてカエサルはローマの唯一の権力者として残ったが,彼が独裁的傾向を強め,王位への野望もみせたので,カッシウス,ブルトゥスらの共和主義者は前44年3月15日彼を元老院議場で暗殺した。 出典| 株式会社平凡社 世界大百科事典 第2版について.

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クレオパトラ7世

アントニー と クレオパトラ

中年男女の恋:アントニーとクレオパトラ ||||||| 中年男女の恋:アントニーとクレオパトラ 「アントニーとクレオパトラ」は壮絶な政治劇であるとともに、中年の男女の悲しい恋物語でもある。 それは「ロメオとジュリエット」が展開した若者の情熱的な恋に劣らず、強烈で人間的な恋であった。 この物語が始まったとき、アントニーはすでに43歳、クレオパトラは29歳だった。 劇の終りは10年後のことだから、その時のアントニーは53歳、クレオパトラは39歳である。 だから二人の愛は、若者の愛のように純粋ではありえない。 アントニーには当初、妻がいることになっているし、劇の進行の途中で小シーザーの姉オクタヴィアと結婚したりもする。 クレオパトラの方も、此れが勿論初恋ではない。 あのシーザーに愛され、ポンペイウスにも愛された身だ。 時にはそのことをアントニーに揶揄され、淫売呼ばわりされることもある。 それでも二人は深く愛し合い、互いに対する愛を確信しながら死んでいくのだ。 二人の愛は、運命的な愛として始まった。 劇が始まった時には、アントニーはすでにクレオパトラのとりこになっている。 そのアントニーの自分に対する愛がどれほどのものか、クレオパトラは確かめたいと思う。 クレオパトラ:それが愛なら どれくらいの大きさか知りたい アントニー:図られるような愛は乞食の愛だ クレオパトラ:でもどれくらいの大きさか見極めたいの アントニー:この世の寸法では足りずに あの世まで行くことになろう CLEOPATRA:If it be love indeed, tell me how much. MARK ANTONY:There's beggary in the love that can be reckon'd. CLEOPATRA:I'll set a bourn how far to be beloved. MARK ANTONY:Then must thou needs find out new heaven, new earth. 1 クレオパトラがアントニーの愛を疑うのは、それが対等の人間同士の間の対等な愛ではなく、征服する者が征服されたものに抱く優越的な愛であるかもしれないと思うからだ。 アントニーには征服者としてクレオパトラをもてあそぶ、心のゆとりがあるかもしれないのだ。 だがアントニーは、自分の愛はそんなものではないと答える。 自分はローマを捨ててでもクレオパトラを選ぶだろう。 それほど彼女への愛は強固なものなのだ、そうアントニーは宣言する。 アントニー:ローマなどティベレ川に飲まれるがよい 帝国にかかるアーチも崩れるがよい ここが俺の場所だ 帝国など土くれに過ぎぬ MARK ANTONY:Let Rome in Tiber melt, and the wide arch Of the ranged empire fall! Here is my space. Kingdoms are clay: 1. 1 つまりクレオパトラがいるところが自分の生きる世界であり、クレオパトラのいないローマなど何の価値もない。 クレオパトラは、そんなアントニーに対して、終始一貫した愛をささげるわけではない。 彼女が真にアントニーに自分をささげるのは彼が死んだあとだ。 クレオパトラにとってアントニーは、強い男である場合にだけ心惹かれる存在でありえた。 敗北してうなだれたアントニーは愛するにはふさわしくない存在なのだ。 死んでしまったアントニーは、弱さの実像から解放されて、純粋な愛の対象になりえたということだ。 クレオパトラのアントニーに対する愛は、劇の進行の合間に幾たびも揺れ動く。 この劇は10年間にわたる長い年月の出来事を描いているのであるから、その間にクレオパトラが、幾たびか心変わりをしても不自然ではない。 そんなクレオパトラが、アントニーに対して激しい嫉妬心を抱く場面が一度だけある。 アントニーがオクタヴィアと結婚したことを知った時のことだ。 その時クレオパトラは自暴自棄になって次のように叫ぶ。 クレオパトラ:エジプトなどナイル川に沈むがいい そこに住む生き物たちはみな蛇になるがいい CLEOPATRA:Melt Egypt into Nile! and kindly creatures Turn all to serpents! Call the slave again: Though I am mad, I will not bite him: 2. 5 エジプトはクレオパトラにとっては故郷そのものだが、それでもアントニーのいないエジプトには何の価値もない。 そんなエジプトなどナイル川に沈んでしまえばいいのだ。 アントニーは劇の最後でオクタヴィウスに破れてついには自殺に追い込まれる。 その過程で、クレオパトラが自分を裏切ったと誤解する場面もある。 どちらも落ち目になった男が陥りやすい過ちとして、シェイクスピアは描いている。 アントニーの最後は、歴史上の英雄に相応しい死に方として描かれている。 アントニーは敵によって倒されたのではない。 自分自身の意思によって、自分自身の手にかかって死んだのだ。 その死に際をクレオパトラも見届ける。 彼女はアントニーが武人に相応しく死んでいくのを見て、自分の恋が間違ってはいなかったと確信する。 アントニー:シーザーの勇気がアントニーを倒したのではない アントニーの勇気が自分自身に打ち勝ったのだ クレオパトラ:そのとおりだわ アントニー以外の誰も アントニーを降伏させることはできない でもなんて悲しいこと! アントニー:エジプトの女王よ 俺は死ぬのだ だがその前に 死に神に暫しの猶予を乞い お前の唇に 幾たびか重ねた中でも 飛び切り悲しい最後の口づけをしるしたい MARK ANTONY:Not Caesar's valour hath o'erthrown Antony, But Antony's hath triumph'd on itself. CLEOPATRA:So it should be, that none but Antony Should conquer Antony; but woe 'tis so! MARK ANTONY:I am dying, Egypt, dying; only I here importune death awhile, until Of many thousand kisses the poor last I lay up thy lips. 15 こうして歴史上の英雄であるアントニーは壮絶でしかも意義のある死に方をする。 その死に方をドラマティックに彩ることで、シェイクスピアはアントニーをオクタヴィアス以上に偉大な人間として描き出したといえる。 | 作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved C 2007-2011 このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである.

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