天之御中主神 ヤハウェ。 天地開闢①|別天津神(ことあまつかみ)

神の種類 世界の神話と伝承の神々

天之御中主神 ヤハウェ

「豊受大神」は、籠神社の奥宮「天真名井神社」の祭神であり、ここから伊勢神宮の外宮にうつされている。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー これで 「豊受大神」の真の正体が見えてきました。 今回も『天照大神の謎』 三神たける・飛鳥昭雄)を参考に紹介していきます。 そもそも、日本の神社とは、古代イスラエルのソロモン神殿や、移動式神殿の「幕屋」がルーツであることを、やで紹介しました。 つまり、日本と古代イスラエルというのは、表には出ませんが、実際は、想像以上に、繋がりがあるということになります。 モーセの時代、エジプトから脱出して、40年間砂漠での生活をしますが、そこでは、移動式神殿「幕屋」とともに、イスラエル人は移動しました。 その間、天から降ってきた 神聖なる食物「マナ」のおかげで、イスラエル人は食料の危機を脱することができました。 そのマナを入れた壺が、 「黄金の壺」として、代々「籠神社」の 奥宮「天真名井神社」に極秘裏に受け継がれてきました。 しかし、あるとき、伊勢神宮の外宮に強制的にうつされたようだ、と指摘されています。 両方の神社の祭神は、非常に興味深いことに 「豊受大神」です。 つまり、 「マナの壺」と「豊受大神」は、非常に密接に関わっていることが推測されます。 そして、「マナの壺」に収められた「マナ」は、天から降ってきたというものの、偶然降ってきたのではなく、そこには絶対神の「意志」が関わっています。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「これこそ、主があなたたちに食物として与えられたパン(マナのこと)である」 (旧約聖書「出エジプト記」第16章15節) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 豊受大神は、 「大元の神」であり、 「天御中主神」であるならば、「マナの壺」との関係から、 古代イスラエルの「絶対神」であると考えても、おかしくはありません。 事実、日本の神社は、先に述べたように、古代イスラエルの移動式神殿の「幕屋」がルーツです。 そして、それは、何も文化が伝わっただけではなく、日本人のルーツのひとつが、古代イスラエルにあるということになります。 古代天皇家が、朝鮮半島にルーツをもち、さらに、西にルーツは遡り、最終的には、「聖書」発祥の地、西アジアに行き着くことも指摘されています だから、日本の漢字には「聖書」の思想がいたるところに込められているということになります。 話を戻します。 さらに、状況証拠をあげれば、 「豊受大神」とは、「稲荷大神」であることから、「稲」の「稲妻」などから、 「雷神」であることを前回見ました。 ひるがえって、 古代イスラエルの絶対神を見れば、まさに 「雷神」であることが分かります。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「角笛の音がますます鋭く鳴り響いたとき、モーセが語りかけると、神は雷鳴をもって答えられた。 」 (「出エジプト記」第19章19節) 「三日月の朝になると、雷鳴と稲妻と厚い雲が山に望み、角笛の音が鋭く鳴り響いた」(「出エジプト記」第19章16節) 「雲は臨在の幕屋を覆い、主の栄光が幕屋に満ちた」 (「出エジプト記」第40章34節) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 古代イスラエルの絶対神は、「雲」と「雷鳴」がセットであることが分かります。 そして、これは、で紹介したように、神社の拝殿前にある、 「注連縄」が 「雲」を象徴し、そこからジグザグに垂れている白い 「紙四手」が、 「雷光」であることが分かります。 さらに、拝殿前で参拝する時は、ドラや鈴を鳴らします。 これがまさに、 「雷鳴」です。 このように、日本の神社とは、「雷」が非常に密接に、関わっています。 ここまでくれば、 「豊受大神」の正体とは、明白です。 「マナ」を古代イスラエル人に与えた、絶対神…。 そして、雷鳴とともに、臨在の幕屋(=日本の神社)に現われた、イスラエルの絶対神。 もういいでしょう…。 『天照大神の謎』で述べられていることです。 「豊受大神」の正体。 それは、旧約聖書の絶対神「ヤハウェ」である!! 何と、伊勢神宮の外宮には、「豊受大神」=「イスラエルの絶対神ヤハウェ」が祀られていた…。 いや、当然、今現在もそうである、ということになります。 しかし、もうひとつ、伊勢神宮には、 「内宮」があります。 こちらには、最高神で、かつ皇祖神でもある「天照大神」が祀られています…。 唯一絶対神は、ひとつのはずなのですが…。 「天照大神」について、見る前に、もうひとつ、大きな謎に触れておきたいと思います。 それが、渡来人最大の謎の集団「秦氏」です。

次の

ヤハウェはエロヒムのリーダーであり、イエス・キリストの父|大和富士ブログ

天之御中主神 ヤハウェ

古代日本人はヤハウェを信じていた 神道の多神教以前に、ヤハウェ信仰があった。 日本の伝統的宗教である「神道 (しんとう)」では、神は「八百万 (やおよろず)の神」と言われ、数多くの神々がいるとされています。 しかし、古代日本人は、本当に初めからそのような多神教の神々を拝んでいたのでしょうか。 最初に一神教があり後に多神教になった 以前、多くの人類学の本の説明では、宗教は次のように発展してきた、と説明されていました。 すなわち、はじめに石や樹木などに宿る精霊 (しょうりょう)を拝する「 精霊信仰」 (アニミズム)などの原始的形態があり、そこから「 多神教」に発展し、さらに進んで多くの神々の中から一つの神だけを拝するゾロアスター教などの「 拝一神教 (はいいつしんきょう)」が生まれ、さらにそれが高度化して、高度な倫理体系と整備された教理を持つユダヤ教やキリスト教、イスラム教などの「 唯一神教」が生まれたのだ、と。 しかし、二〇世紀の考古学の発達は、事実は全く逆であったことを明らかにしました。 すなわち、宗教は決してこのような進化論的な形で発展してきたのではなく、はじめにあったのは、ただおひとりの神を信じる "一神教"でした。 そこから、堕落した形態として"多神教"が現われたのです。 たとえば、人類学上最も古い民族の一つとされるスメリヤ人は、その文化の終わり頃には五千の神々を持っていました。 しかし、その文化の初期には、ただひとりの神「 空の神」がいただけです。 この「空の神」は、聖書の教える「天の神」に通じるものでしょう。 元来は同じ神に違いありません。 また、有名なエジプトの考古学者フリンダース・ペトリ卿は、エジプトの宗教ははじめは「 一神教」だったと言っています。 オクスフォード大学のスティーブン・ラングドン博士は、バビロニアで碑文を発見し、その研究から、世界最古の宗教が何であったかについて、言及しています。 それによるとその碑文は、 人類最初の宗教は唯一神の信仰であって、そこから急速に多神教と偶像崇拝に傾いていったことを、示していたとのことです (ラングドン著『セム族の神話』)。 W・シュミット、W・コッペルスなどの有力な学者たちも、豊富な資料に基づき、一神教こそはあらゆる原始的宗教の基本となるもので、これが後に堕落変形して、他の様々な宗教形態が生じた事実を、明らかにしました。 考古学者たちは、一神教が堕落して 多神教になった事実を明らかにしている。 とすれば、日本神道で言われている「八百万の神」の多神教も、じつは初めからそのような多神教だったのではなく、もとは一神教であり、それが堕落してできた形ではないか、という推測が出てきます。 初期の日本人は非常に霊性の高い人々だった 私たちは古代の日本人について調べてみるとき、彼らが霊性の非常に高い人々であったことを知ります。 今日、日本人の精神的荒廃が叫ばれて久しくなりますが、古代の日本人は、ある種の風格と高い霊性を持つ民族でした。 たとえば、初代天皇である神武天皇の生涯を日本書紀に読んでみても、神武天皇はつねに天の神を祀り、信仰していた人でした。 そして、 「 わがみおやの霊よ、天より降りみそなわし、我が身を照らし、助けたまえ」 と祈る敬虔、かつ謙虚な人物であったことがわかります。 神武天皇は、篤く天の神を敬う人だった。 神武天皇はまた、長随彦 (ながすねひこ)に和議を拒まれたのみか、さんざんに攻めあぐまれたとき、言いました。 「私は日の神の子孫であるのに、日に向かって敵を討つのは、天道に逆らっている。 一度は退却してたとえ弱そうに見せても、神をうやまい祀ろう。 背中に太陽を負い、日の神の威光をかりて、敵に襲いかかるのがよいだろう。 このようにすれば、刃に血をぬることなく、敵はきっと敗れるだろう」 と。 天皇は戦況の悪化の中にも、神を第一にして退却したのです。 彼は先祖の神を拝し、声高く雄叫びして祈願しました。 こうして難をのがれたのですが、そののち神の祝福と導きがあって、戦況は一転し始めました。 そしてついに、長随彦の大軍勢も降伏し、国は平定されたのです。 神を第一とした神武天皇のこの敬虔さは、イスラエル民族の指導者ヨシュアにも比すべきものです。 ヨシュアも、天の神をあつく信仰しつつ、約束の地カナンを目指して民を率いた人物でした。 ヨシュアは、「先祖の神」すなわち「アブラハム、イサク、ヤコブの神」に祈りを捧げながら、その力を得て敵に打ち勝ちました。 そしてついにカナンの地を平定しました。 確かに、ヨシュアの信じた神は唯一神ヤハウェであり、一方、神武天皇の信じた神は、日本書紀によれば多神教の神であるという違いはあります。 しかし、世界の多神教をいろいろ調べてみると、多神教を拝む人々というのは、これほどに高い霊性を持っていないのが普通なのです。 一般に多神教は、みだらなものであったり、愚かしいものであったりするのが普通です。 ところが、神武天皇の信仰などを見てみると、その信仰は一神教の信仰に比すことができるほど、ひじょうに気高いものとなっています。 あたかも、古代イスラエル人が唯一の神に対して抱いた信仰にも、似ていると言えるのです。 古代日本人は、「清く、明るく、さやけき (汚れなき)心」で、神に仕えようとしました。 これは旧約聖書が教える神への信仰にも通じるものです。 その霊性は本来、多神教のものというよりは、一神教の信仰を偲ばせるものです。 最初の至高神 日本書紀によれば、神武天皇は、「日の神」の威光をかりて敵を討とうと言いました。 「日の神」とは、「天照大神 (あまてらすおおみかみ)」です。 では天照大神は、神道の神々の中で一番偉い最初の神様なのかというと、そうではありません。 天照大神の生まれる以前に、もっと偉い神様がいたことになっています。 天照大神の両親は、「伊邪那岐神 (いざなぎのかみ)」と「伊邪那美神 (いざなみのかみ)」でした。 天照大神にはまた、「須佐之男命 (すさのおのみこと)」という弟もいました。 さらに、伊邪那岐神と伊邪那美神が生まれる前に生まれた神々も、います。 古事記の中では、神々の中で一番最初に現われたのは「天之御中主神 (あめのみなかぬしのかみ)」、「高御産巣日神 (たかむすびのかみ)」、「神産巣日神 (かみむすびのかみ)」の三神とされています。 これら最初の三神の中でも、「天之御中主神」は、天上界の中心にいて、天地を主宰する中心的な神です。 この神は、親も系譜もない単独の神であり、姿を現わさず、目に見えない神とされました。 最初の神であって、至高神なのです。 ここらへんの『記紀 (きき)』 (古事記と日本書紀)の記述は、なにやら聖書の教える三位一体の神に、どこか似ていると思わせるものがあります。 神武天皇や、古代の日本人は、天照大神だけでなく、これら最初の三神を祀り、信奉していたとされています。 また、その三神のあとの宇麻志阿斯訶備比古遅神 (うましあしかびひこじのかみ)や、天之常立神 (あめのとこたちのかみ)、そして「神世七代 (かみよななよ)」の神々などを信奉していたとされています。 しかし、古代の日本人は、本当にこのように多くの神々を信奉していたのでしょうか。 日本神話の多神教はバビロニア等の多神教の影響を受けている 聖書の教える唯一の神は、お名前を「 ヤハウェ」(ヤーウェ Yahweh, )といいます。 人間に、太郎や花子といった固有の名前があるのと同じように、ヤハウェは神ご自身の固有のお名前です。 ヤハウェにはまた短縮形があり、その短縮形は「 ヤハ」(ヤァ)といいます。 一方、「神」という普通名詞は、ヘブル語で「 エル」といいます。 これは単数形で、複数形はエロヒムです。 アブラハムの子孫、イスラエル民族などにおいては、神は唯一のお方として信じられ続けました。 しかし他の民族においては、宗教的堕落とともに、多神教が発生していきました。 多神教は、次のような形で生まれていきました。 たとえばバビロニア (メソポタミヤ)では、しだいに堕落した人々は、「エル」はおひとりではなく、妻や子どももいるのではないか、と考えるようになりました。 「エル」に妻がいると考えるようになった人々は、その妻を「 アシュタロテ」と呼びました。 また、元来は普通名詞だった「エル」も、彼らの間では固有名詞化して使われるようになりました。 また、エルとアシュタロテからは、「 バアル」という息子と「 アナト」という娘が生まれた、とされました。 こうして、最初の神から子どもが生まれたと考える形で、多神教が発生していったのです。 じつは、この「バアル」という神は、日本の スサノオノミコトという神によく似ています。 バアルは、ラス・シャムラ土板という古代の碑文によると、嵐の神です。 彼は牛の角のついたかぶとをかぶり、鎚矛 (つちほこ)と電光を放って、武装しています。 また雷鳴と電光の中に現われ、秋と冬の雨をもたらします。 バアルは人身牛頭の神であり、嵐の神なのです。 これは日本神話のスサノオノミコトの姿に、じつによく似ています。 スサノウは別名「牛頭天王 (ごずてんのう)」と言われ、嵐の神とされているのです。 京都の八坂神社では、スサノウは牛頭天王として祭られています。 スサノウはまた、天上界で乱暴狼藉を働いたとされる荒ぶる神であり、暴風雨を司る神です。 一方、女神アシュタロテは、やがてギリシャでは、「アフロディテ」、ローマでは「ヴィーナス」の名で信奉されるようになりました。 日本の神話では、このアシュタロテとアナトが同化して、アマテラス (天照大神)になったのではないかと、神道家の鹿島昇氏は見ています (鹿島昇著『日本神道の謎』光文社カッパブックス)。 アシュタロテ。 この女神は、 ギリシャではアフロディテ、 ローマではヴィーナス、 そしておそらく日本では アマテラスオオミカミの名で、 信奉されるようになった。 このように、アマテラスやスサノオの神話は、バビロニアの神話が若干変形しながら伝わってきたもの、と見ることができそうです。 ほかにも、日本の神話の中には、ギリシャや、インド、インドネシア、中国の神話と同型同根 (どうけいどうこん)のものが数多く見られます。 詳細は省きますが、日本の神話は、それらの地方から伝わった様々な多神教神話の集合体であることが、明らかなのです。 つまり、『記紀』に述べられた八百万の神の多神教神話は、あとからのものであって、元来はもっと別のものだったでしょう。 実際、古事記と日本書紀とでは、神々の神話内容に、いくつかの相違や矛盾が見られます。 それはそうした神話が、あとから付け加えられたものであることを示しています。 古代の日本人は、みなが多神教を信じていたのではありません。 じつは古代日本人の中には、堕落した多神教ではなく、唯一の神ヤハウェを信じる人々もいたと思われるのです。 アジアには古来ヤハウェ信仰を持つ民族がいる こう書くと、ある人々は、 「まさか。 神ヤハウェを信じていた人々は、イスラエル人だけだったのではないのか。 日本は、その地からはるかに遠い所にある。 どうして日本にヤハウェ信仰があるだろうか」 というかも知れません。 しかし、ヤハウェ信仰は古来、アジアにもあったのです。 たとえば、東南アジアに位置するミャンマー (旧ビルマ)に、 カレン族という人々がいます。 彼らは、先祖伝来のヤハウェ信仰を今も保持しています。 彼らは、神の御名ヤハウェを短縮形の「 ヤァ」(Ya)で呼んでいます。 短縮形ヤァは、聖書にも何度も出てきます。 たとえば、詩篇一一八・五の 「私は 主を呼び求めた」 の「主」は、原語のヘブル語では「 ヤァ」(ヤハ、Yah, )なのです。 古代イスラエル人も、神を「ヤァ」と呼んでいたのです。 カレン族は、ヤァは永遠、完全な唯一神であり、宇宙を創造し、人を創造された全知全能のお方であると言い伝えてきました。 彼らにはまた、聖書の内容に酷似する人間堕落伝承や、大洪水伝承、バベルの塔や、民族の起源に関する伝承もあります。 カレン族には古来、ヤハウェ信仰がある。 カレン族はこれらの知識を、決してキリスト教の宣教師に教わったわけではありません。 ただ大昔の先祖に教えられたことを、大切に言い伝えてきたにすぎないのです。 カレン族のヤハウェ信仰は、聖書の流れとは独立して言い伝えられてきたものです。 (詳しくはレムナント七七号「カレン族に先祖代々伝わるヤハウェ信仰」参照)。 また、ニュージーランドなどに住む マオリ族にも、古来、ヤハウェ信仰があります。 マオリ族もまた、永遠、不死の至高の神、宇宙を創造し人を創造された全知全能のおかた、恵み深い見えない神を信じています。 彼らにはまた、聖書の内容に酷似する人間堕落伝承があります。 彼らはその創造者なる神を、「 ヨォ」(Io)または「 ヤェ」と呼んでいます。 これはヤハウェの短縮形「ヤァ」の若干なまったものと理解できそうです。 彼らはこの神について、宣教師から教わったわけではありません。 単に大昔から、先祖の教えた神を忠実に言い伝えてきたにすぎないのです。 マオリ族にも古来、ヤハウェ信仰がある。 マオリ族は東南アジア方面から来た民族であることが知られています。 彼らのヤハウェ信仰も、聖書の流れとは独立して存在してきたのです (Creation ex nihilo, Vol. 18 No. 4, CSF)。 中国の 苗族 (ミャオ族)にも、古来、同様のヤハウェ信仰があります。 苗族にもまた、天地を創造し、あらゆる生物と人類を創造された創造主なる神に関する言い伝えがあります。 またその言い伝えは、大昔の大洪水と人類の絶滅、箱舟によって一家族が助かったこと、またバベルの塔、民族の起源などに関するものも含まれ、その内容は驚くほど聖書のものに酷似しています。 苗族の言い伝えもまた、キリスト教の宣教師によるものではありません。 彼らは単に、大昔の先祖の言い伝えを忠実に保持してきたにすぎないのです (聖書と科学の会『インパクト』一五九号)。 苗族にも古来、ヤハウェ信仰がある。 (苗族の子どもたち) このように現在も、カレン族、マオリ族、苗族などに、ヤハウェ信仰が見られます。 さらに昔にさかのぼれば、もっと多くの民族がヤハウェ信仰を持っていたことでしょう。 カレン族にしても、マオリ族にしても、苗族にしても、みな日本人の祖先と非常に関係の深いと言われる民族です。 彼らの顔形は日本人とほとんど変わりなく、言語や風習においても似たものがあり、近縁であることは明らかです。 カレン族、マオリ族、苗族などは、周囲の民族が急速に多神教に堕落していく中でも、それらに毒されることなく、古来のヤハウェ信仰を保持してきました。 彼らや、他の幾つかの民族が混血して、日本人となったと言われています。 そうであれば、古代の日本人にヤハウェ信仰があったとしても、決して不思議なことではありません。 イサク伝承を日本に伝えた人々 さて、先月見たように長野県の 諏訪大社に、旧約聖書のイサク伝承と全く同型のものが、祭りとして、少なくとも江戸時代くらいまでは存在していました (レムナント九六号「諏訪大社に伝わるイサク奉献伝承」)。 その祭りでは、子どもが縛られ、竹のむしろの上に置かれ、小刀が出されますが、使者の到来と共に子どもは解放されます。 またこの祭りでは、動物のいけにえがなされるのです。 そこには「守屋山 (もりやさん)」 (モリヤ山)と呼ばれる所があり、その地の神は「洩矢神 (もりやのかみ)」 (モリヤの神)と呼ばれています。 また「ミ・イサク・チ」という名前も登場します。 このように、この祭りはまさに、モリヤの地でイサクを捧げようとしたアブラハムの手を止められた神に関する記憶、と考えるほかありません。 イサク伝承は、ヤハウェ信仰の人々以外は持っていないのです。 ちなみに、ヘブル語の「モリヤ」( )は、「ヤハウェの啓示」の意味です。 諏訪大社に「モリヤの神」とイサク伝承を伝えた人々は、明らかにヤハウェ信仰の人々だったでしょう。 諏訪大社では古くから、なんと イサク伝承が祭として伝えられていた。 また、レムナント九二号「日本神道のルーツは古代イスラエル宗教」でも述べたように、日本の神社の構造が古代イスラエルの幕屋にたいへん似ているのは、一体なぜでしょうか。 神主の服をはじめ、おみこし、みそぎ、そのほか日本古来の風習の多くが、古代イスラエルの習慣にあまりにもよく似ているのは、一体なぜでしょうか。 さらに、日本の民謡にヤハウェ信仰の痕跡が随所に見られることは、興味深いことです。 これについては、レムナント八九号「日本ヘブル詩歌の研究」でも紹介しましたが、同じくこれを研究した手島郁郎は、こう述べています。 「じつは、サンフランシスコ教会の牧師だった川守田英二博士は、日本の全国いたる所に残っている神社の祭りの唄やハヤシ唄の中に、ヘブル語の痕跡が残っていることを広く考証して、数冊の著書を出しています。 私は、卓抜な研究だと思います。 たとえば、桃太郎が鬼ガ島を征伐に出かけたとき『エンヤラヤ、エンヤラヤ』と歌って家来を鼓舞したという物語は、日本人なら誰でも知っている童話ですが、さて『 エンヤラヤ』とは何か? と子どもから聞かれると、親たちは困ってしまいます。 エンヤラヤ ( エァニ・アーレル・ヤ)とは、『私はヤハウェを讃美します』というヘブル語 (ユダヤ人の言葉)となります。 熊本の八代の妙見社の御祭を見物したことがありますが、御輿をかついで『 ハレルヤ、ハーリヤ、ハーリヤ、トーセ・・・・ヤウェ、ヤウェ、ヨイトンナー』と、ヘブル語そのままに歌われていました・・・・」 (キリスト聖書塾刊『生命の光』二五〇号、四頁)。 また、神武天皇の物語の中にも、ヤハウェ信仰の痕跡が感じられます。 ユダヤ人ヨセフ・アイデルバーグは、神武天皇の物語を読んだとき、昔イスラエル民族がカナンの地に向かった時のことを思い起こさざるを得なかった、と言っています。 日本書紀によると、神武天皇は「 キノエトラ」 (甲寅)の年に、「東征」に向かい、「 葦原 (あしはら) の国」の中心である大和に旅立ちました。 一方、古代イスラエル民族はシナイ山で「律法を授かった年」に、北東へ旅立ち、「カナンの地」に向かいました。 アイデルバーグによると、この「律法を授かる」は、ヘブル語で「 キニヤ・トラ」といいます。 キニヤは得る (箴言四・七)、トラ (トーラー)は律法の意味です (出エ一二・四九)。 一方「 カナン」は、「カネ・ナー」の合成語と考えると、それは「葦原」の意味だといいます。 つまり、神武天皇が「キノエトラ」の年に「東征」に向かい、「葦原の国」の中心地・大和に旅だったという物語は、かつてイスラエル民族が律法を授かった年に北東に向かい、カナンの地へ旅だったという物語を"下地"としている、と思われます。 モーセが律法を授かった(キニヤ・トラ)年に カナン(葦原)に旅だったように、神武天皇は、 キノエトラの年に葦原の国の中心地へ旅だった。 日本書紀の記述には当時の大和朝廷の政治的意図がかなり混入していますが、こうしたことを考えるなら、日本書紀や古事記以前には民の間にヤハウェ信仰がまだ色濃くあったのではないか、と思われてくるのです。 記紀にみるヤハウェ信仰 また『記紀』 (古事記と日本書紀)には、ヘブル語起源と思われる言葉が多いのも、興味深いことです。 神武天皇は即位したのち、種族の長たちに「 アガタヌシ」 (県主)の称号を与えた、と書かれています。 これは全く、ヘブル語と同じです。 これがヘブル語の「アグダ・ナシ」だとすれば、それは"集団の長"の意味です。 アグダは集団、ナシは長の意味 (出エ一六・二二)です (ただし現代ヘブル語ではナシ・アグダ)。 『記紀』では、神々や天皇はみな「 ミコト」と呼ばれています。 これはどういう意味かと言ったら、日本語では単に尊称と解する以外にないでしょう。 また天皇は、「 ミカド」と呼ばれることもあります。 これがヘブル語の「ミガドル」から来たものとすれば、それは"高貴なお方"の意味です。 また、日本は古来「 ヤマト」と呼ばれてきました。 これには「大和」「倭」「日本」などの漢字が当てはめられたりしますが、いずれも当て字です。 漢字は中国から輸入されたもので、それ以前から「ヤマト」という音があったのです。 ヤマトがヘブル語の「ヤ・ウモト」なら、それは"ヤハウェの民"の意味です。 ヤは神の御名ヤハウェの短縮形、ウモトは民の意味です (民数二五・一五)。 とすれば、日本民族は本来は、神ヤハウェの民であったことになります。 さらに、ユダヤ人ヨセフ・アイデルバーグ氏は、神武天皇の正式称号「 カム・ヤマト・イワレ・ビコ・スメラ・ミコト」はヘブル語だと言っています。 もしこれを日本語として解釈すれば、これといった意味はないが、ヘブル語として読めば、それは、 「サマリヤの王、神ヤハウェのヘブル民族の高尚な創設者」 の意味になるのです (詳しくはレムナント出版発行『古代日本にイスラエル人がやって来た』五二ページ)。 またアイデルバーグ氏は、 「ひい、ふう、みい、よお、いつ、むう、なな、やあ、ここの、とお」 も、ヘブル語だと言っています。 まさかと思う人もいるでしょうが、実際これはヘブル語としか思えないのです (詳しくは同書五三ページ)。 このように古代日本には、ヘブル語を話し、神ヤハウェを信じる一群の人々がいたはずです。 『記紀』においてヘブル語源のものが残っているのは、そうした人々の名残でしょう。 しかし、やがて多神教や、異教的な伝承を持つ人々たちが勢力を持つようになると、日本の起源に関する伝承は、『記紀』に記されたような多神教的な物語に作り替えられていきました。 そしてヤハウェ信仰も、少なくとも表向きには、消し去られていったのです。 ヤハウェ神に立ち帰れ 今日の日本神道の多神教形態と、現代の日本人の間に見られる無神論は、日本民族が堕落した結果にほかなりません。 本来、日本人は、宗教心あつく、霊性高く、至高の神を敬い、拝する民族でした。 初期の日本人は、聖書の教えると同じ神ヤハウェを知っていたことでしょう。 私たちが、本来の民族的ルーツに立ち帰るにはどうしたらよいのでしょうか。 それは、神ご自身が下さった啓示の書『聖書』に学び、聖書の教える神ヤハウェを信じることです。 そして父なる神ヤハウェが、私たちのためにお送り下さった御子イエス・キリストを、救い主として知ることです (イザ五三・六)。 そのときに、私たちは霊性を回復し、祖先の信じたと同じ唯一の至高の神に立ち帰ることができるのです。 Back to Yahweh our God! ヤハウェに立ち帰れ。 著 (レムナント1997年8月号より) ブラウザがインラインフレームに対応していません。 表示される文章はこちらです。

次の

【日本とイスラエル】日本の神々とバアルの神々

天之御中主神 ヤハウェ

この名はヘブライ語の4つの子音文字で構成され、 神聖四文字、 テトラグラマトンと呼ばれる。 神聖四文字とこれを「アドナイ」(わが主)と読み替えるための母音記号とを組み合わせた字訳に基づいて「Jehovah」 とも転写され、日本語では エホヴァ、 エホバ(では ヱホバ)とも表記される。 遅くとも14世紀には「 Jehova 原文ママ」という表記が使われ、16世紀には多くの著述家が Jehovah の綴りを用いている。 近代の研究によって復元された原音に基づいて、これを「Yahweh(ヤハウェ)」と読むのが主流となっている。 本項に示す通り、このを指す様々な表現が存在するが、特に意図がある場合を除き、本項での表記は努めてヤハウェに統一する。 また本項では、ヤハウェを表す他の語についても述べる。 普通名詞 [ ] ヤハウェを指して、いくつかのもしくはそれに類するものが用いられる場合がある。 次にヘブライ語表現をカタカナで、また対応する訳語を漢字で示す。 アドナイ• (単数形)• これはおもに、で後述するのによる。 今日のユダヤ人はヤハウェと読まずに、アドナイ(「わが主」)という別の語を発音するためである。 系の『訳』のほか、『』()などがこれである。 また、口語訳聖書を後継する『』(同)も、一部の地名(『』第22章14節、で後述)を除き、一貫して「主」とする。 系の『』では太字で「 主」とする。 これは「文語訳ではエホバ と訳され、学者の間ではヤハウェとされている主の御名を」「訳し」た「 主」と、これを「代名詞などで受けた場合かまたは通常のを意味することば」とを区別するためである。 の時点でも、エホバではなく主の語を用いるべきだとしている。 主に「英語圏」・「スラブ語圏」となるが 実際の「聖四文字」の表記例を「出エジプト記20」から挙げる。 一般に、ではこれらの音訳は使用せず、これに相当する箇所はでの訳語を踏襲し神とするものが多い。 「全能・満たすもの」を意味するとされるシャダイの語を付してエル・シャダイとした箇所は、全能の神などと訳される。 上帝 [ ] 「」も参照 には、本項の神について「神」という語をあてたもののほか、「上帝」となっているものが多数存在した。 今日も多く使われるという翻訳の聖書も、この語を「神」とした上で1文字分の空白をあけ、2文字の「上帝」と同じ文字送りにしたものが多い。 しかしながら訳語としての「神」の妥当性については、ロバート・モリソン死後の代から代にかけて、清における宣教団の間でも議論が割れていた。 大きく分けて「」を推す派と「神」を推す派とが存在したが、和訳聖書のモリソン訳の流れを汲む・カルバートソンによる は、「神」を採用していた。 多数のはこの流れを汲み 、には「神」という用語についてキリスト教神学者が論じることはあった ものの、今日に至るまで適訳であるかどうかをほぼ問題とせずに「神」を翻訳語として採用するものが多数となっている。 でヘブライ語を記述するようになってからも、この4文字はで書かれていたとされる。 なお、この4文字はラテン文字では「 YHVH」「 YHWH」「 JHVH」「 JHWH」「 IHVH」などと翻字される。 『』付録には、「神聖四文字 YHWH」について次のように記されている。 この語の正確な読み方は分からないが一般にまたヤハウェと表記されている。 この神名は人名の末尾に「ヤー」という短い形で付加されることが多い 「」「」 など — 『』付録30ページ「用語解説」主 しゅ なお、同書では「旧約聖書中」とあり、一般にこのはには登場しない。 などの研究から、原文の新約聖書にも使用されなかったと考えられている。 文語訳聖書中でもが旧約聖書から引用したと思われる箇所で、この固有名詞は登場していない。 但し後述にもあるようにヤハウェの短縮形が「ハレルヤ」の形で新約聖書のヨハネの黙示録19章に出てくる。 発音 [ ] もともとヘブライ語はのを持たなかった。 は子音だけから成りを母音だけで表すため、やはのみで記述され、母音の復元はもっぱら読み手の力によった。 この方式をといい、などにもみられる。 やがてが日常言語としてはになり、ヤハウェにあたる語を何と読むか、正確な発音は消失した。 で後述するように、その発音は人々の口に上らなくなっていたのである。 しかし後に、もしくはニクードと呼ばれるいろいろな点々を打つことにより、母音の表記が可能となった。 また、すでにユダヤ人は、の際にヤハウェの名の登場する箇所をアドナイ(「わが主」、で後述) と読み替えるようになっていた。 日本語のエホバ(ヱホバ)、英語の「 Jehovah」、および各言語のそれに類する形は、ここに由来するのである。 それらは確率的に正しい読みに偶然に一致する可能性も完全には捨てきれないかもしれないが、あくまで可能性であって、学術的にはヤハウェと推定する見解で今日ほぼ一致している(異論もある )。 さて、前述の通りユダヤ人は、詠唱の際もアドナイと読み替えるなどして、ヤハウェの名の発音を避けてきた。 これらは、ヤハウェとは別の語である。 理由のひとつとして、やなどにみられるのうち次に挙げるものについて、直接神の名を口にすることは畏れ多い禁忌である、との解釈が後代に成立したためではないかと考えられている(同一の箇所である。 また、とはヤハウェのことである)。 、 これは本来その名を みだりに唱え、口にあげること(ヤハウェの名を連呼して呪文とすること、もしくはヤハウェの名を口にあげて誓っておきながら実際には嘘をつくこと)について、「そのようなことをすべきではない」と教えるものであって、名の発音を禁ずる趣旨ではないという説がある [ ]。 一方で、西暦1世紀にはすでに発音は禁じられており、当時成立したによれば、もこれをはばかって「天の父」などと表現したという。 古くはこの名は自由に口にされていたようである。 また、それ以後にもこれを記した史料は散見される。 それがいつ頃から口にされなくなったのか正確には分からない。 このことから、この頃にはこの名がアドナイと読み替えられていたのであり、バビロン捕囚以後の300年ほどの間にそのまま発音することが禁忌とされるようになったと考えられる [ ]。 ここから、ヤハウェの名はイヒイェの転訛で「『出エジプト記』に出て来た一言 」「彼は在りて在るものである」「実在するもの」「ありありと目の前に在り、在られるもの」などの意味だと解釈されてきた。 ヘブライ人は誓言の時に「主は生きておられる」という決まり文句を使っていたが、ここからも彼らがヤハウェを「はっきりしないとはいえ、生々しく実在するもの」と捉えていた事がわかる。 はっきりしているのは、の冒頭により、ユダヤ人(、)は、闇が主要素となるを構築した正体を、ヤハウェ(、)であると考えている点である。 ここからその名を「在らしめるもの」「創造神」とする解釈もある。 "Jahveh""Jahve""Yahwe" translitertions, according to differerent syatems, of the Heb. **** previously represented by JEHOWAH The religion of Jahveh; the system od doctrins and precepts connected with the worship of Jahveh. The use of Jahve h as a name for God. 使用例:1867,1877,1879,1882 "Jehovah" The English and common European representation, since the 16th c, of the Hebrew divine name. ~, was pointed in the O. Students of Hebrew at the Revival of Letters took these vowels as those of the word **** IHUH, JHVH itself, which was accordingly transliterated in Latin spelling as IeHoVa H , Iehoua h. It is now held that the original name was IaHUe H , Jehve h, Jahue or with the English values of the letters, Yahwe h, and one or other of these form is now generally used by writers upon the religion of the Hebrews. the fact that in some Heb manuscripts the vowel points of 'adhonai used as a euphemism for Yahweh were written under the consonants yhwh of Yahweh to indicate that 'adhonay was to be substituted in oral reading for Yahweh] "Jahwe" or "Jahweh" cap, var of YAHWEH "yahweh also jahveh or jahweh or yahveh or jahve or jahwe or Yahve or yahwe or jave" [NL, fr. Heb Yhwh]: GOD - used as scholarly transliteration of the Hebrew tetragrammation; compare JEHOVAH, YAH, YHWH (出典:WEBSTER'S THIRD NEW INTERNATIONAL DICTIONARY 1968) 「上記辞典のこと:米国の代表的米国語辞典 基礎となる「辞書」は 1828年刊行版 『国際』のの名で刊行~1890 (見出し語句 175,000)、『新国際』~1909(見出し語句 400,000)、第2版~1934年刊行(見出し語句660,000)、第3版~1961年刊行(2662ページ) )(引用:世界の辞書 研究社 1992)」 "Jehovah" 「我が主」の意味のHeb. 旧約聖書と新約聖書のヨハネの黙示録に出てくる表現である。 に発生したにおいても「ジャー」 Jah という形で見ることができる。 ヤハウェ [ ] のセクションで述べたとおり、今日、学術的に推定される読みである。 で書くとYahweh。 中沢洽樹による旧約聖書 では「ハ」を小書きにしたヤㇵウェが用いられている。 ヤーウェ [ ] 学術的に推定された読みである点や、ラテン文字で書くとYahwehとなる点では、おおむねヤハウェと同様であるが、のとしてを考慮した場合、はじめのh音が長母音化しており、ヤハウェに比べて発音としての正確さという点で疑問が残る。 カトリックの『』で使用される読みである。 で前述の通り、『新共同訳』ではこの神をほぼ一貫して「主」と呼び、『』第22章14節でのみ「ヤーウェ」とする。 これはいわゆるの行われた「ヤーウェ・イルエ」の地名を説明するために発音を示したものである。 なお、この箇所は化した他の聖書ではこうなっている。 、 ヤハヴェ [ ] 同じく学術的に推定される読みである。 の関根正雄による旧約聖書などに登場する。 ヤーハウェ [ ] 『スペシャル2012春』 において、の取材による『』にみられる読み。 同番組の中で、代表である・アビハイルの話として、の歌詞にある「コラーコラー ヤーハ トコーオセェヌオ」という一節は、「呼べ呼べ ヤーハウェを ヤーハウェは 憎しみを砕く」という意味のヘブライ語であると紹介された。 関連についてはも参照。 ヱホバ [ ] ウィキソースに の原文があります。 日本の国語として伝統的な形である。 『』とともに普及し、広く日本の思想・文学に影響を与えた。 『明治元訳聖書』はらによってに完成し、部分にこの語が用いられている。 も、を用いるようになるまでこの語の登場するこの翻訳を使用してきた。 には、という所轄包括が所在することが指摘されている。 エホバ [ ] ノルウェーの教会に掲げられている「IEHOVA」の文字 で書かれたヱホバを、に直したもの。 なお、現存する新約聖書には「エホバ」およびそれに類する固有名詞が使用されている翻訳は見つかっていない。 しかしエホバの証人の翻訳による『』は、「ヘブライ語-アラム語聖書」(一般にいう)のみならず、続く「クリスチャンーギリシャ語聖書」(一般の)でも「エホバ」を用いる。 『新世界訳』側は、新約のそのような訳し方について「神のみ名を復元している」とし、「これらの訳し方を支持する様々な資料」を挙げている。 一方で懐疑的な見解を寄せる専門家は、信頼ある校訂本文や古代訳、また教父文書にもエホバの名がないことなどを指摘した上で、『新世界訳』の「資料」に問題があることを5箇条にまとめて示しており、要約すると、新約で「エホバと訳したこと、これは正当な根拠がない」としている。 エホバの証人と源流を同じくする(燈臺社)員は戦時中、主幹の訳によって「エホバの證者」と称された。 そして戦後しばらくして、この名はエホバの証人と改められ、現在に至る。 「エホバ」もしくは「ヱホバ」の読み(表記)は、日本の文学においても古くから好まれてきた。 例として、俳人・のをとするがある。 銀河より聞かむエホバのひとりごと — 青畝 ユダヤ教成立後のヤハウェ [ ] 旧約聖書に於けるヤハウェは唯一神であり全世界の創造神とされ「宇宙の最高原理」のようなもので、を除いた一般人にとっては、はっきりしない存在であるが、むしろ自ら人間たちに積極的に語りかけ、「妬む」と自称するほど人類を自らの作品として愛し、のとおり人類は内面をヤハウェに似せて造られたことが伺える。 ただし、広義では他の生物、物質も人類と性質が似ており、人類がヤハウェに似ていることは宇宙空間全体の事象に帰納できる。 また、『創世記』第32章第31節~や『』第4章第24節~などには自ら預言者たちに試練を与える場面もあり、ヘブライ人たちがヤハウェを決してはっきりしないというだけではなく、預言者を通じて実在感のある存在と捉えていた事がわかる。 これはの『出エジプト記』第3章第14節でヤハウェが「私は在るものである」と名乗ったので、イエスはこれを多用して自分がヤハウェと密接な関係にある事を暗に示したとされる(『』第8章第58節など)。 三位一体の教説が成立して以降、ヤハウェを単に神の名とするにとどまらず、特定の位格と結びついた名として捉える論考が現れる。 一般に、においてはヤハウェ(ラテン語文献では多く「エホバ」)を父なる神と同一視することが多く、対してにおいてはヤハウェはの神格における名であると考えられることがある [ ]。 最近の動向として、2008年6月29日付でバチカンの教皇庁は「教皇の指示により神聖四文字で表記されている神の名を典礼の場において用いたり発音したりしてはならない」との指針を示した。 教皇庁はこの指針の中で、近年の神の固有名を発音する習慣が増加している事態に対して懸念を表明し、神聖四文字については「ヤーウェ」「ヤハウェ」「エホバ」などではなく、「主」と訳さなければならないと述べ、神の名を削除するよう求めている。 これを受けて日本のカトリック司教協議会は、祈りや聖歌において「ヤーウェ」を使用してきた箇所を原則として「主」に置き換えることを決定した(一例として「主ヤーウェよ」と呼びかける部分は「神である主よ」とされた)。 キリスト教神学における、聖書中に見られる神の属性・性質 [ ] キリスト教神学における、聖書中に見られる神(ただしの概念から「父(ヤハウェ)」と「子()」と「」を意味する)の属性・性質ついての研究として以下がある。 宗教改革者のは著書 において、聖書における神について「唯一にして永遠なる神」「生命と義と知恵と力と善と慈しみとの源泉」「すべての善きものは例外なく神より来たり、すべての賛美もただしく神に帰すべき」と述べている。 ヘンリー・シーセンは著書 において神の属性として以下の分類を行なっている。 エル・ベルコフは著書 において神の属性として以下の分類を行なっている• 相似せる属性(人間の属性との類比。 ただし完全なる神と不完全なる人間の類比である。 「新約聖書の神は愛の神で、旧約聖書の神は残酷な復讐の神である」ということを是認できないとし、旧約聖書における「愛の神」、新約聖書における「神の怒り」を記す言葉をあげ、聖書における神概念の統一性を指摘している。 イスラム教におけるヤハウェ(アッラーフ) [ ] イスラム教ではヤハウェについて或いはアラー、アッラーのアラビア語呼称を用いる。 以下、 より加筆引用。 イスラム書法におけるアッラーフ アッラーフがを授けたとされる(以下「ムハンマド」)は、神(アッラーフ)より派遣された大天使から神(アッラーフ)の受託をで語ったであり、最後にして最大のとされる。 ムハンマドは飽くまで神(アッラーフ)からである人類のために人類のなかから選ばれた存在に過ぎない。 そもそもアッラーフ(神)自体が「生みもせず、生まれもしない」 、つまり時間と空間を超越した絶対固有であるため、神学における像のように、ムハンマドを「神(アッラーフ)の子」と見なすような信仰的・神学的位置付けもされていない。 全知全能唯一絶対であり、すべてを超越する。 「目無くして見、耳無くして聞き、口無くして語る」とされる(意思だけの)存在であるため、あらゆる時にあらゆる場にあり得て(遍在)、絵画や彫像に表すことはできない。 イスラーム教がイメージを用いた礼拝を、として完全否定しているのも、このためである。 の教えは先行する・キリスト教を確証するものであるとされるため、アッラーフはユダヤ教・キリスト教のと同じであるとされる。 一方でユダヤ教、キリスト教はこれを認めていないが、 近年キリスト教の一部でも同じ神として礼拝をしているもある [ ]。 したがって神(アッラーフ)は六日間でしており、また最後の日には全人類を死者までも復活させ、を行う「」を司る。 なお、一切を超越した全能の神(アッラーフ)が休息などするはずがない 、という観点から、創造の六日間の後に神が休息に就いたことを否定するなど違いはある。 これはイスラームがユダヤ教やキリスト教を同じ「の宗教」として尊重しながらも、それらの教えに人為的改変あり、と見なしてきたことの顕著な例でもある。 が現在の形になったのはムハンマドの死後であるが、は神(アッラーフ)が遣わせた大天使ガブリエルからムハンマドに言わせた言葉が現在のクルアーンに、完全に再現されていると考えている。 からの引用終わり。 起源に関する諸説 [ ] 詳細は「」、「」、「」、および「」を参照 成立以前の信仰をヤハウェ信仰、あるいはエロヒム信仰とよぶが、両者は必ずしも同一の信仰ではなく、四資料説において、エルやエロヒムを神の呼称とする「E資料」、ヤハウェを神の名とする「J資料」が想定されている。 両者はかなり性質の異なる別系統の神々だったが、唯一神教化する過程で混同され、同一神とみなされるようになった。 エロヒムはヤハウェに比べてより古い信仰であり、もともとはセム系の諸民族にみられる多神教における最高神で、抽象的・観念的な天の神であった。 イスラエルにおいてはやなど北部で信仰された。 これに対し、ヤハウェの起源はエロヒムの起源に比べるとやや時代が下り、ヤハウェは、抽象的なエロヒムと異なり、具体的な人格神で、慈愛だけでなく怒りや妬みも表す感情的な神であり、もともとはを中心としたイスラエル南部の信仰で、王国時代にはエロヒムと異なりヤハウェの祭儀は祭司階級であるに担われた。 唯一絶対神の性格を帯びるようになった。 ただし、唯一神教化した時代をより古く見積もる説では、の頃のは古代エジプトの神を信仰しており、そのためアテン信仰が廃された後に弾圧され、エジプトを脱出したのではないかとする説もある。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 原文まま。 正しくはで「ヱホバ」。 「エローヒーム」「エロヒーム」とも読む。 一時期版聖書が席巻して、版聖書を駆逐して、その後神という聖句を入れたが出来たので、一文字空いているという状態。 大文字で始まることに注意。 但し「エホバの証人」の書である、"New World Translation 1984":Mt 1-20で"Jehova's angel"、「新世界訳 1982」マタイ 1-20で「エホバのみ使いが」というように 彼らによれば「新約聖書」中で約30例使用している。 英語圏ユダヤ人用新約聖書では、同箇所を"angel of Adonai"(JEWISH NEW TESTAMENT 1989)と記述している。 研究社『リーダズ英和辞典 第2版』• Chisholm, Hugh, ed. 1911. 英語 11th ed. Cambridge University Press. キリスト聖書塾編集部 『ヘブライ語入門』 キリスト聖書塾、1985年、399頁。 『新改訳聖書』あとがき。 『』p. 『ゴッドと上帝』筑摩書房、、120〜131ページ、• 『ゴッドと上帝』筑摩書房、、160〜162ページ、• 『ゴッドと上帝』筑摩書房、、122ページ、• 『ヘブライ文字の第一歩』p. とを比較• 『』2011年1月号• 『中公バックス 世界の名著 13 聖書』• 『ウソかホントかわからない スペシャル2012春』 午後8時54分〜午後22時48分にて• この訳は映像中に2回繰り返されたが、はじめは「ヤーハウェは」の部分を含めて字幕とともに語られ、つぎにその部分のない字幕がカタカナの原詞とともに表示された。 『』 この聖書について、「明治初期、J. ヘボンを中心とした委員会が翻訳し、広く日本の思想・文学に影響を与えた旧新約聖書です。 スマートかつコンパクトに仕上げました」と書いてある• 『平成24年版』文化庁編 p. 123(のページ数ではp. 139)• 「」『』びぶりや書房(現)、2007年11月• - カトリック中央協議会 フランシス・アリンゼ、アルバート・マルコム・ランジス• ジャン・カルヴァン『信仰の手引き』13頁、1956年• ヘンリー・シーセン著『』203-241頁、1961年• エル・ベルコフ著『改革派神学通論』52-66頁、活水社書店1952年• フロイド・ハミルトン著『キリスト教信仰の基礎』192-194頁、1957年• クルアーン第112章1-4節。 神(アッラー)は自存され、御産みなさらないし、御生まれになられたのではない、かれに比べ得る何もない。 クルアーン第4章163-164節、クルアーン第46章12節• クルアーン第2章255節• 『モーセと一神教』 「唯一神教アマルナ起源説」等という。 も学説としてではないが、著書の中で類似のアイディアを披露している。 特定の新興宗教 [ ]• 「」、1985年 参考文献 [ ]• 旧約新約聖書大事典編集委員会編 『旧約新約聖書大事典』 教文館、1989年、。 『ヘブライ文字の第一歩』国際語学社• 『聖書翻訳を考える』• 『神のみ名は「エホバ」か エホバの証人と論じる』岩村義雄• 『聖書の日本語』 岩波書店• OED-THE OXFORD ENGLISH DICTIONARY-• WEBSTER'S THIRD NEW INTERNATIONAL DICTIONARY 1968• 新英和大辞典 第五版 研究社(Jehovahの項)• New World Translation 1984• 新世界訳 1982 関連項目 [ ]•

次の