ブラタモリ 天草。 ブラタモリ 島原・天草#160 潜伏キリシタンを見逃した!動画配信や再放送は?ロケ地や場所

【ブラタモリ】過去放送の一覧リスト|内容・ルートも完全掲載!

ブラタモリ 天草

ブラタモリは、崎津の町のからスタートし、 崎津教会()を訪ねます。 教会の前で、16世紀のヨーロッパで愛好された、「Mille regrets-千々の悲しみー」の演奏を聴きます。 秀吉が3回もアンコールしたと伝えられる、西洋音楽です。 崎津教会は、絵踏みが行われていた庄屋役宅跡に復活の象徴となる教会を建てたいというフランス人宣教師・ハルブ神父の強い願いにより、現在の場所が選ばれました。 教会内は、珍しい畳敷きとなっています。 2018年「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として世界文化遺産に登録されたこの地域で、明治まで約250年もの長いあいだ「潜伏キリシタン」が信仰を守り続けることができた秘密を探ります。 踏み絵 1628年、長崎で「絵踏」(踏み絵)が始まります。 キリシタンを取り締まったのが、庄屋。 壊れやすい板踏絵から、真鍮踏絵(1669年~)に変わったあと、キリシタンはどのような思いで踏んでいたのでしょう? 実は、真鍮踏み絵は仏教徒が作ったたため、カトリックで肝心なロザリオや十字架が抜けており、キリシタンにとって、そこまでの苦痛ではなかったとも言われています。 潜伏キリシタンの工夫 ブラタモリは、キリシタンの知恵を探して崎津の町を歩きます。 タモリさんは、かつて潜伏キリシタンだった、海月というお寿司屋さんを訪ねます()。 お話によると、かつては貨幣(8つの寛永通宝)を十字架の形に置いて、信仰の道具として使っていました。 このほか、アワビやタイラギなどの貝殻の内側の模様を聖母マリアにみたてて崇敬するなど、身近なものを用い、キリスト教が禁じられた250年以上もの間、特有の信仰形態を育んできました。 このほか、神道の象徴であるしめ縄が1年中飾られカモフラージュ役をつとめ、隠れキリシタンも、祭りに参加していました。 人口が少ないこの村では、宗派を超えて、祭りなどを協力し合う自由な風習があり、潜伏がうまくいっていたのです。 天草崩れ 1805年、密告により、住民の大半の5000人もがキリシタンと分かり検挙される、 天草崩れという事件が起きます。 本来なら、全員が刑に処されるところですが、「宗門心得違い」(変わった信仰を持つ者)として、お目こぼしとなります。 なぜだったのでしょうか? これは、幕府の側が、踏み絵、寺請制度(必ずいずれかの寺の檀家となる)などキリシタンをあぶり出す施策の失敗を認めたくないという事情によるものでした。 1637年、キリシタンや農民が蜂起した、 島原・天草一揆で、幕府がキリシタンの強さを知っていたことも背景にありました。 「島原・天草一揆」激戦の痕跡を原城の跡で探る ブラタモリは、原城跡を訪ねます()。 10代半ばの青年だった 天草四郎を総大将として、数万人のキリシタンや農民が立てこもった、島原・天草一揆の激戦地だった場所です。 一揆軍3万7千に対し、幕府軍は12万人。 なぜ、このような万全の大軍を準備したのでしょうか? 原城跡の石垣の1つ 正面側には、石垣が設けられ、侵入してきた敵に対し攻撃を加える、 枡形 ますがたの形跡も残っています。 枡形は、複数あり、迷路のように曲がりくねっています。 側面は、高さがあり、鉄壁の守りは幕府軍の総大将を討ち取ったほど。 しかし、長期戦を堪えるのには水が必要です。 どのように水を確保したのでしょうか? 古地図を見ると、蓮池と呼ばれていた、池があります。 池は海のすぐそばにあったのですが、なぜなのでしょう? 海沿いを歩くと、原城の恐るべき高さがよく分かります。 地層を観察すると、上が火砕流、下が泥岩です。 ブラタモリでおなじみのように、泥岩は水を通しませんので、地下水が染み出し、池を作ったのです。 関連:(浅間神社の池) 火砕流の層は、で登場した、Aso4です。

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【ご案内】3/14(土)19:30~ブラタモリ「島原・天草~なぜキリシタンは250年も潜伏できた?~」 島原半島ジオパーク|雲仙ジオパーク|島原半島観光情報

ブラタモリ 天草

タモリ(74)が街をぶらぶら歩きながら歴史や魅力に迫るNHK「ブラタモリ」(土曜後7・30~8・15)が14日に放送され、2018年4月から2年間、5代目アシスタントを務めた同局・林田理沙アナウンサー(30)が番組を卒業した。 この日は熊本県・天草と長崎県・島原を訪問。 「潜伏キリシタン」の秘密を解き明かした。 番組の最後、林田アナは「終わっちゃったんですね。 いや~もう、何か…すみません」と感極まり、涙。 タモリが「ご苦労さまでした」と労うと「ありがとうございました。 この2年間の思い出を抱き締めて、一生生きていきます。 ありがとうございます」と感謝し、頭を下げた。 タモリも「そう言われると。 大したことせずに申し訳ございません」と頭を下げた。 冒頭には「今日が最後になってしまうと思うと、本当に寂しいんですけど」と言う林田アナに、タモリは「そう言いつつも、みんな、もう次の日から他の番組で知らーん顔してやっていますからね」と笑いを誘い「ご出世なさいませ」とエールを送った。 後任は16年入局、松江放送局を経て札幌放送局から東京アナウンス室に移る浅野里香アナウンサー(26)が務める。

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『ブラタモリ』島原・天草〜なぜキリシタンは250年も潜伏できた?〜 1 c NHK 町歩きの達人・タモリが、日本全国の町の新たな魅力や歴史・文化などを再発見していく番組『ブラタモリ』。 2020年3月14日(土)[NHK総合 19:30〜20:15]は、「#160 島原・天草〜なぜキリシタンは250年も潜伏できた?〜」を放送。 初任地が長崎放送局だった林田理沙アナウンサーが、最後の「ブラタモリ」で長崎を訪れる。 今回の舞台は、熊本県・天草と長崎県・島原。 2018年、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として世界文化遺産に登録されたこの地域で、明治まで約250年もの長いあいだ潜伏キリシタンが信仰を守り続けることができた秘密を探る。 不完全な「踏み絵」に隠された秘密や、潜伏キリシタンがお金や貝殻を信仰具として秘密を貫いた知恵の痕跡を探る。 しかし、そこで断罪され死刑になることなく「宗門心得違い」、すなわちキリシタンではなく変わった信仰を持つ人々、として扱われることとなり、生き残ることができた。 そうした不思議な対応がとられた理由に迫る。 最大の激戦地・原城で、その強さの秘密とは?実は城の作りだけでなく、地質的にも長期間の篭城に適していたのだった。 nhk.

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