七五三 野 読み。 七五三の苗字・名前の読み方は?

七五三

七五三 野 読み

七五三縄の読み方どうしてしめ縄なの? 日本語には漢字そのものが持つ読み方を無視して読まされる言葉いくつもあります。 例えば、日常にあるものとしては火傷(やけど)や煙草(たばこ)などが挙げられます。 これらは、漢字だけではそのように読めない読み方をしますね。 実は、漢字の読みではなく、状態や状況などを字で表現したものになっているのです。 火傷を例にすれば、火によって負った傷なので「火傷」と表記します。 読み方は「焼け」と「所」の組み合わせである「焼け所」が約まって「やけど」と言うそうです。 しめ縄もこれと同じ原理で漢字が当てられたものと思います。 「七五三縄」はその縄の状態を表しています。 しめ縄は横縄に複数の藁の束を下げますが、その数が 右から7本、5本、3本と下がっているので「七五三縄」と表記するようになりました。 一方、 「注連縄」は中国の風習が日本に伝わったものと思われます。 しめ縄を作るための藁を水を注いで清めたことと、光が降り注ぐような末広がりな形(スカートのような形)にしたことから「注」いだものが「連」なるということで「注連縄」と表記したそうです。 読み方は共通していて、 藁の束を「締め」てつくった「縄」なので「しめなわ」ということになっています。 七五三縄の意味とは? 七五三縄の読み方がわかったところで、これ以降は、しめ縄を全て七五三縄と表記します。 七五三縄は 結界のような役割を持っており、神聖な場所に不浄なものであるケガレが侵入しないように防ぐ縄です。 日常の神聖な場所としては、神棚でしょうか。 新年には玄関外や門に飾りますね。 いずれも、ケガレを絶つ意味合いで飾られているのです。 七五三縄の起源についても触れておきたいと思いますが、これは神話の時代にまで遡ります。 太陽神である天照大神(あまてらすすめおおかみ)には、須佐之男命(すさのおのみこと )という弟がしました。 この弟はなかなかのやんちゃ者で、天照大神は弟の行動に怒り、岩戸に隠れてしまいます。 いわゆる「天の岩戸」のことですね。 太陽神が隠れたことによって、世界は真っ暗になってしまいます。 困った人々はなんとか岩戸から出てきてもらおうと踊りを舞います。 興味を惹かれた天照大神が外に出てくると、人々は慌てて岩戸を縄で縛り付けて岩戸の中に戻れないようにしました。 これが、七五三縄の起源とされています。 写真のように、七五三縄は横縄に垂れ下がる藁の束が右から7本、5本、3本と下がっているので「七五三縄」と表記すると前項でも書きました。 それでは、なぜその本数なのでしょうか。 それぞれの神をウィキペディアから抜粋しておきます。 天神七代とは、「日本神話で天地開闢のとき生成した七代の神の総称。 またはその時代をいう。 」ただし、七代の神は古事記と日本書紀と若干違います。 ここでは、日本書紀の神を紹介しておきます。 国常立尊(くにのとこたちのみこと)、国狭槌尊(くにのさつちのみこと)、豊斟渟尊(とよぐもぬのみこと)、泥土煮尊(ういじにのみこと)・沙土煮尊(すいじにのみこと)、大戸之道尊(おおとのじのみこと)・大苫辺尊(おおとまべのみこと)、面足尊 おもだるのみこと ・惶根尊 かしこねのみこと 、伊弉諾尊 (いざなぎのみこと)・伊弉冉尊 (いざなみのみこと) 地神五代(ちじんごだい)とは、日本神話において、天照大神(あまてらすおおみかみ、あまてらすおおかみ)・天忍穂耳尊 アメノオシホミミ ・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)・火折尊(ほおりのみこと)・鸕鶿草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)の5柱の神々およびそれらの神々の時代(『日本書紀』神代下に相当)のこと。 天神七代と人皇の間に位置する。 「地神」とは地の神のことで、天の神を意味する「天神」と対称をなす語である。 皇室の祖が日向にあった時代である。 概ね天孫降臨と神武東征の間に位置する。 頑丈である必要があります。 これは数字が持つイメージも関係していて、偶数は割れる数字なので「割れる」「離れる」「別れる」「切れる」ということになります。 2、4、6などの数字では縄が切れてしまうので避けられました。 一方で 奇数は割り切れない数字なので、奇数の連なりである3、5、7にすることで縄は頑丈になるとされました。 そのため、神聖な場所に陰を入れないため、退けるために陽の数字である「七五三」を用いたとも言われています。 七五三の頃に着飾ったり写真を撮ったりした思い出がある方も少なくはずです。 この七五三と今まで見てきた七五三縄の関係はあるのでしょうか。 漢字が同じことからも関係がありそうですね。 前項で、割り切れない奇数だから 縄が頑丈になるとされたと書きましたが、この点は共通しているものと思われます。 元気で丈夫な子どもになってほしい、そんな親の願いが込められたものが「七五三」ですからね。 また、 奇数である「七五三」は陰の力を退けることからも病などから子どもを守るという意味もあるようです。 氏神様に「子どもが無事にここまで育ちました」という感謝の気持ちを伝え、子どもの晴れ姿を見せる行事でもあるのかもしれませんね。 最後に いかがでしたでしょうか。 七五三縄の由来とともに「七五三」との関係も見ることができました。 神社などでなんとなく見ていた七五三縄も、習慣としてなんとなくやっていた七五三も、意味合いやそこに込められた願いなどを知った上で接するとまた気持ちが違ってくることでしょう。 昔話も含めて七五三のときに七五三縄の話をお子さんにしてみるのも良いですね。

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七五三の意味や由来は? | 七五三を迎える男の子・女の子の豆知識

七五三 野 読み

七五三縄の読み方どうしてしめ縄なの? 日本語には漢字そのものが持つ読み方を無視して読まされる言葉いくつもあります。 例えば、日常にあるものとしては火傷(やけど)や煙草(たばこ)などが挙げられます。 これらは、漢字だけではそのように読めない読み方をしますね。 実は、漢字の読みではなく、状態や状況などを字で表現したものになっているのです。 火傷を例にすれば、火によって負った傷なので「火傷」と表記します。 読み方は「焼け」と「所」の組み合わせである「焼け所」が約まって「やけど」と言うそうです。 しめ縄もこれと同じ原理で漢字が当てられたものと思います。 「七五三縄」はその縄の状態を表しています。 しめ縄は横縄に複数の藁の束を下げますが、その数が 右から7本、5本、3本と下がっているので「七五三縄」と表記するようになりました。 一方、 「注連縄」は中国の風習が日本に伝わったものと思われます。 しめ縄を作るための藁を水を注いで清めたことと、光が降り注ぐような末広がりな形(スカートのような形)にしたことから「注」いだものが「連」なるということで「注連縄」と表記したそうです。 読み方は共通していて、 藁の束を「締め」てつくった「縄」なので「しめなわ」ということになっています。 七五三縄の意味とは? 七五三縄の読み方がわかったところで、これ以降は、しめ縄を全て七五三縄と表記します。 七五三縄は 結界のような役割を持っており、神聖な場所に不浄なものであるケガレが侵入しないように防ぐ縄です。 日常の神聖な場所としては、神棚でしょうか。 新年には玄関外や門に飾りますね。 いずれも、ケガレを絶つ意味合いで飾られているのです。 七五三縄の起源についても触れておきたいと思いますが、これは神話の時代にまで遡ります。 太陽神である天照大神(あまてらすすめおおかみ)には、須佐之男命(すさのおのみこと )という弟がしました。 この弟はなかなかのやんちゃ者で、天照大神は弟の行動に怒り、岩戸に隠れてしまいます。 いわゆる「天の岩戸」のことですね。 太陽神が隠れたことによって、世界は真っ暗になってしまいます。 困った人々はなんとか岩戸から出てきてもらおうと踊りを舞います。 興味を惹かれた天照大神が外に出てくると、人々は慌てて岩戸を縄で縛り付けて岩戸の中に戻れないようにしました。 これが、七五三縄の起源とされています。 写真のように、七五三縄は横縄に垂れ下がる藁の束が右から7本、5本、3本と下がっているので「七五三縄」と表記すると前項でも書きました。 それでは、なぜその本数なのでしょうか。 それぞれの神をウィキペディアから抜粋しておきます。 天神七代とは、「日本神話で天地開闢のとき生成した七代の神の総称。 またはその時代をいう。 」ただし、七代の神は古事記と日本書紀と若干違います。 ここでは、日本書紀の神を紹介しておきます。 国常立尊(くにのとこたちのみこと)、国狭槌尊(くにのさつちのみこと)、豊斟渟尊(とよぐもぬのみこと)、泥土煮尊(ういじにのみこと)・沙土煮尊(すいじにのみこと)、大戸之道尊(おおとのじのみこと)・大苫辺尊(おおとまべのみこと)、面足尊 おもだるのみこと ・惶根尊 かしこねのみこと 、伊弉諾尊 (いざなぎのみこと)・伊弉冉尊 (いざなみのみこと) 地神五代(ちじんごだい)とは、日本神話において、天照大神(あまてらすおおみかみ、あまてらすおおかみ)・天忍穂耳尊 アメノオシホミミ ・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)・火折尊(ほおりのみこと)・鸕鶿草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)の5柱の神々およびそれらの神々の時代(『日本書紀』神代下に相当)のこと。 天神七代と人皇の間に位置する。 「地神」とは地の神のことで、天の神を意味する「天神」と対称をなす語である。 皇室の祖が日向にあった時代である。 概ね天孫降臨と神武東征の間に位置する。 頑丈である必要があります。 これは数字が持つイメージも関係していて、偶数は割れる数字なので「割れる」「離れる」「別れる」「切れる」ということになります。 2、4、6などの数字では縄が切れてしまうので避けられました。 一方で 奇数は割り切れない数字なので、奇数の連なりである3、5、7にすることで縄は頑丈になるとされました。 そのため、神聖な場所に陰を入れないため、退けるために陽の数字である「七五三」を用いたとも言われています。 七五三の頃に着飾ったり写真を撮ったりした思い出がある方も少なくはずです。 この七五三と今まで見てきた七五三縄の関係はあるのでしょうか。 漢字が同じことからも関係がありそうですね。 前項で、割り切れない奇数だから 縄が頑丈になるとされたと書きましたが、この点は共通しているものと思われます。 元気で丈夫な子どもになってほしい、そんな親の願いが込められたものが「七五三」ですからね。 また、 奇数である「七五三」は陰の力を退けることからも病などから子どもを守るという意味もあるようです。 氏神様に「子どもが無事にここまで育ちました」という感謝の気持ちを伝え、子どもの晴れ姿を見せる行事でもあるのかもしれませんね。 最後に いかがでしたでしょうか。 七五三縄の由来とともに「七五三」との関係も見ることができました。 神社などでなんとなく見ていた七五三縄も、習慣としてなんとなくやっていた七五三も、意味合いやそこに込められた願いなどを知った上で接するとまた気持ちが違ってくることでしょう。 昔話も含めて七五三のときに七五三縄の話をお子さんにしてみるのも良いですね。

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七五三の苗字・名前の読み方は?

七五三 野 読み

七五三の起源や由来とは? 平安時代においては、3歳の男女がおこなう、それまで剃っていた髪を伸ばし始める「髪置きの儀(かみおきのぎ)」、そして5~7歳になると初めて袴を身につける「袴着の儀(はかまぎのぎ)」あるいは「着袴の儀(ちゃっこのぎ)」という儀式がありました。 また、鎌倉時代には、着物を着る際に紐ではなく帯を結ぶようになることをお祝いする「帯解の儀(おびときのぎ)」という儀式が執り行われていました。 江戸時代になると、髪置きの儀が男女における3歳のお祝いとなり、袴着の儀が男の子のみの風習として制定されました。 なお、帯解の儀は室町時代では男女ともに9歳で行われていましたが、江戸時代末期から男の子は5歳、女の子は7歳になるとおこなうように変わりました。 このような室町時代からおこなわれていた儀式が江戸時代になると、武家や裕福な商人たちの間でおこなわれるようになり、明治時代にはこれらの3つの儀式をまとめて「七五三」と呼ぶようになりました。 そして徐々に庶民の間にもこのようなお祝いごとが広まり、今の七五三を形作りました。 ちなみに、11月15日に七五三のお祝いをするようになったのは、徳川家光が自身の子供である、後の徳川綱吉の健康のお祈りをした日にちが関係しているようです。 お祈りをしてもらった綱吉はその後、元気に育ったことから、この日にちを七五三をお祝いする日として定められたという経緯があります。 七五三の意味とは? ~七五三の豆知識~ 現代のように、医療が発達していなかった時代では幼い子の死亡率がとても高く、「7歳までは神の子」と言われていました。 このことからも分かるように、当時は7歳まで元気に成長することが当たり前ではありませんでした。 言葉を理解し始める3歳頃から乳歯の生えかわりがある7歳頃までは、成長に伴って、特に病気になりやすい年齢であると考えられていたため、子供の健やかな成長をお祈りするための行事として七五三の儀式がおこなわれていたのです。 その名残りとして現代でも七五三の儀式があります。 七五三は、子供が無事に育っていることへの感謝を伝え、また、これからの成長を願う意味があると言えるでしょう。 男女の差はあるの? ~七五三の豆知識~ 七五三では男の子と女の子で、お祝いをする年齢が異なります。 3歳では男女ともにお祝いをおこないますが、5歳では男の子だけ、7歳では女の子だけがお祝いをおこなうと決められています。 この年齢は、平安時代において、男女ともに髪を伸ばし始める時期の髪置きの儀式、男の衣服である袴を着始める袴着の儀式に加え、女の子が初めて本格的な着物の帯を締め始める帯解の儀式が関係しています。 3歳では同じお祝いですが、5歳と7歳の時にはそれぞれ男の子と女の子の伝統的な儀式がおこなわれていたため、現代でもその儀式に沿った年齢によって、それぞれお祝いがおこなわれているのです。 七五三は何をするの? ~七五三の豆知識~ 3歳の時には男女ともに、5歳では男の子のみ、また、7歳では女の子のみが11月に神社にお参りに行きます。 お参りに行く神社は自宅近くの神社でも、自宅から離れたところにある大きな神社に足を運んでも構いません。 また、日にちも11月15日だけでなく、祝日や日曜日など、10月末~11月中の都合の良い日にお参りに行っても問題ありません。 子供は着物を着てお参りし、場合によっては御祈祷をしてもらう方もいます。 また、お参りが終わったら親戚や近所の方に挨拶回りをしたり、食事会を開くことも多いようです。 七五三の意味を知ってお祝いしましょう いかがでしたか? 七五三のお祝いには、室町時代から受け継がれている儀式が関係していることや、11月15日が七五三のお祝いとして決められている理由など、さまざまな意味が含まれているんですね。 男女においてもお祝いする年齢が異なるので注意が必要です。 七五三の由来やお祝いする意味、どのようなことをするのかを理解して、素敵な七五三をお迎えくださいね。

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